第10話
「その呼び名は妹が勝手につけたあだ名なんです・・・」
美希の涙に焦った俺は嘘をついた。
犬であった頃も面倒臭い時は寝たふりなどしていたが口に出す嘘というのはこんなにも切ないのか!?
きっと彼女は明るくふるまう為に多くの嘘を並べ続けていたに違いない
犬の俺を抱きながら涙声で話していた彼女の本音は言葉が交わせなくても救いだったのだろう。
「友達になってくれませんか?」
俺の気持ちを察してくれたのか、杏奈は美希に歩み寄り手を握りながら言った
「あ・・・よ、宜しく御願いします!」
突然の申し出に戸惑った様子を見せた美希であったがとても嬉しそうに頭を下げた。
人が怖くて話せずに心を殻の中に閉じ込めてしまった美希に実の兄から暴行という虐待を受けながら家族であるが為に誰にも言えず最悪の事態に至ってしまった杏奈は心通じるものがあったのだろう?
2人の姿を見て何度も何度もお礼を繰り返す母親の様子を見れば俺が居なくなってから今日に至るまでの心労が伺えた。
幸いにも俺があの事故で死んでからそれほど間を置かず人間としてこの世に舞い戻って来たみたいだ
現実的にそんなことなど有り得ない話なのだろうがもともとは犬であった俺には人間が持つ常識ってのがまだよく理解出来ていない・・・
そう言えばトイレのドアを閉めて用を足すように怒気を含んだ声で杏奈から注意された時も俺としてはちゃんと決められた場所に用を足しただけで彼女が怒っている理由さえわからなかったこともあった。
突然、俺たちが現れて話し掛けたので不審がられるかも知れないと心配していたのだが美希の突発的な反応もあり、すんなりと受け入れられたのは幸いだった。
それから自然な流れで俺の墓参りに向かうことになり、途中でバロンという犬の日常的な行動パターンや癖を話す美希の言葉に杏奈は大うけであった!
杏奈の明るい笑い声に微笑む美希
俺が死んだことを悲しんでくれるのは嬉しいことだが彼女の笑顔を見る為に毎日を過ごしていた俺だけに時々、見せるその微笑みが笑顔に変わることを祈った。
自分の墓に自分で手を合わせるってのは変な気分だったがもうこの時の俺は存在しない・・・
自分がこの先、どうなってしまうのかもわからないが俺には犬であった頃から彼女の気持ちを理解してたことを知ってもらい、命を助け大切に育ててくれたことへの感謝の気持ちを伝えたい!
杏奈の協力で一応の友達関係には成れたが相変わらず人と接するのが苦手な彼女は極端に言葉が少ないどころかさっきからひと言も喋れていないのだ。
母娘を家まで送り届けて一週間後にまた会う約束をした俺たちは一旦、家へと帰るべくバスに乗り、駅に向かったが車中で語った杏奈の本気で友達になりたいという思いが俺にはとても嬉しくて有難かった!
俺は美希のことばかり考えて杏奈が話そうとしていた言葉の続きをすっかり忘れてしまっていた。
杏奈には杏奈なりの美希と仲良くなりたい理由があったのだが、その時の俺は気づいてなかった・・・
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