第9話

「大丈夫ですか?」

俺は美希ではなく支えている母親の方にすごく曖昧な問い掛けをしてみた。


「あっ、大丈夫です・・・ありがとう御座います」

「どこかでお会いしましたか?」

路地の木箱に花束を添えしゃがみ込んでいる娘を気遣いながら俺の顔を見て訊いた母親に

「俺たちは県外から来たので初めてだと思いますが何だか見覚えがあるような気がして声を掛けたんです」

飼われてる犬としては3年ぐらい一緒に暮らしていたが人間へと姿を変えた俺に何かを感じたのだろうか?

適当に話を合わせながら杏奈と俺は自己紹介した。


美希の方にも2人揃って挨拶したが何の反応も無い

以前から家の中では明るくて活発だったが散歩で外を一緒に歩く時は大人しく控えめだった。


しかし今の彼女は全然違う!・・・まるで抜け殻だ。


あの日の事故で一体、何が変わってしまったのかを知りたかったが彼女のこんな姿を見た俺は言葉を失いただ茫然と木箱を前にしゃがむ彼女の背中を見ているだけで訊けなかった。


「あまりにも元気が無さそうに見えるので余計なことを訊いてしまったのなら謝りますがその木箱に花束を添えられてる理由は何ですか?」

俺の無言を察したのか隣りに立つ杏奈が彼女の母親に遠慮深そうに尋ねた。


「事故の直後に駆け付けた近所の人から聞いたんだけど娘は飼ってた犬が助けようとして代わりに跳ねられたと泣き叫んでたらしくて・・・」

「小さい頃から人を前にすると無口になってしまう子でここで拾った犬を友達みたいにとても可愛がってたの」

「親しい友達は誰も居なかったみたいで通ってた高校も辞めてしまい、娘から笑顔は見れなくなりました・・・」

涙で声を詰まらせながら母親は説明した。


その話を聞きながらもらい泣きした杏奈が

「バロンはとても優しい犬だったのね」

そう言ってしまい慌てて俺の顔を見た瞬間だった!


「バロン!?」


急に立ち上がり振り向いた美希は目の前に居た俺の胸に飛び込むと顔を押し当て大きな声で呼んだ。


突然のことで何人かの道行く人が気に留めるような素振りで注目したが立ち止まることもなく通り過ぎる。


母親が俺に対して気の毒そうに娘の肩に手を置こうとした時には相手が全く知らない人間だと気づいた彼女も

「ど、どうもすみません」

呟くような小さな声で謝ると自分がしたことに驚き慌てながら俺から2、3歩離れた。


そして気まずそうにゆっくりと顔を上げ俺を見た彼女の表情は驚きとも喜びとも言えない顔になり

「バロン?・・・あなたはバロンなの!?」

今度は確かめるような口調で俺の顔を見ながら訊いた。


懐かしいその声、その匂いに本能ではすぐにでも飛びついて応えたかったが何をどう説明すれば良いのかわからず黙ったままの俺をみつめる彼女の瞳から溢れる涙が頬を濡らしていった。

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