第7話

「暗い顔してるけど何か嫌なことでもあった場所なの?」

犬であった頃は自分の表情など気にもしなかったが人間というのは言葉だけじゃなく態度や表情で感情を表現することも出来るらしい。


杏奈の言葉に俺は黙ったまま頷くと彼女の手を引きながら道路の向かい側へと渡るべく横断歩道に向かった。


信号が変わるのを待つ・・・


強く握り返された彼女の手の感触に必要以上に強く握っていたかも知れないと初めて気づいた。


「済まない・・・強く握り過ぎちゃったね?」

照れ臭そうに言った俺の顔を見て安心したように杏奈は

「大丈夫よ、何だか頼られてるみたいで嬉しかったよ!」

そう言いながら繋がれた手を前後に振って笑った。


路地の前に立つとあの日、雨に濡れながら助けを求めて鳴いていた自分の姿が脳裏に甦ってくる

「もうボロボロに腐りかけてるけど俺はあの木箱の中に捨てられて鳴いていたんだ」

今でも残っていたとは知らなかった木箱を指さしながら俺が言うと覗き込んだ杏奈は

「あっ、小さな花束が添えてあるわ!」

木箱の中から野の花を摘み取り紐で結んだだけの小さな花束を取り出して俺に見せた。


「まだ枯れてないからきっとつい最近、置かれたんだわ」

その花束を手に取り木箱の中を覗き込むと枯れてしまい、紐だけになってしまった花束の残骸が無数にあった


この数からして誰かがここに頻繁に来て手作りの花束を添えてるに違いなかった。


単なる俺の自惚れに過ぎないかも知れないがこんな子供みたいなことをしている人間はきっと藤島美希・・・

俺の飼い主だった彼女に違いない!


少なくともここで待てばこの花束の人物が誰であるのかわかるだろう

大きな手掛かりがみつけられたことで取り敢えず今夜はこの街で宿探しをすることにした。


犬だった頃ならどこかの軒下でも十分、眠れると思うがこの身体じゃそんなわけにも行かないし、どこかに泊まる場所をみつけないと今は杏奈も一緒なのだ!


そんなことを考えながらあれこれ迷っている俺に

「疲れを癒す為に寝るだけだったら面倒な手続きも必要無いしラブホでもいいんじゃないかと思うけどお腹も空いたし、夕食ぐらいはあったかいラーメンにしましょ!?」

彼女はここから見えてる看板を指さしながら言った。


「面倒じゃなくて寝るだけの場所かぁ、それいいな」

杏奈の提案に感心した俺はラーメン店の看板に向かい2人で歩きながら

「ところでそんな便利なラブホって何なんだ?」

そう訊いた俺に

「そ、そんなの私も行ったこと無いからわかんないわよ!」

「ただそんな場所なんだって友達から聞いたことあるだけ・・・」

「バロンが一緒なんだから何処でも安心でしょ!?」


何だか赤面してるような感じで言った杏奈に

「まぁ身体は小さかったがもともとは猟犬の血を引く血統らしいから番犬にもなると言われてたな」

そう答えた俺のどこが可笑しかったのか、杏奈は思わず吹き出しながら俺の肩を何度も叩いた。


この季節に咲く花は少ない、彼女はどんな場所を歩き回り色んな色の花を探し出して紐で束ねたのだろう?

こんな姿になってしまった俺を俺だと信じられるのか!?

心の中は不安で一杯だった。

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