第5話

「凄い……」


調理場に立ったボルドの手際は圧巻の一言だった。

ボルドはまな板に置いてある肉塊の一部を取り上げると、それを目にも止まらぬ早さで切り刻んで(ミンチ?)、ひき肉状になったそれを木製のボウルに移す。

そこに黒い種?と卵、それとサラサラしたパン粉のようなものと一緒に混ぜ始めた。


まさかこれは男子高校生なら誰もが愛してやまない”ハンバーグ”とやらじゃないですか?それにしても、異世界にもハンバーグってあるのか。夏合宿とかで、兄弟子達と一緒によく作ってたけど、あんまり美味しくなかった記憶がある。好きだけど。


ていうか、早っ!!

調理し始めてから3分くらいしか経ってないのに、少し目を離したら握り拳二つ分くらいのハンバーグが1、2……12個?!もフライパンというには、少しお粗末な大きい鉄の板に乗ってる。

そういえば、火はどうするんだろうか。見たところ、ガス、水道、電気も無いようだけど……(部屋は魔鉱石で照らしてる)


「おい、ショウ。 床下に紅い石があるはずだから、それ取ってくれ」


床下?ボルドに言われて足下を見ると、床に引き具が付いてる。

これか?

引き具を掴んで少し力を込めて引くと、ガコンっと音がして扉が開いた。見てみるとひと1人が入りそうなその空間に紅い石がぎっしりと詰まっている。


(ミリナ、これなんて石なんだ?)


『【魔紅石】


鉱山地帯でしか発掘出来ない貴重な石。1度着火すると大きさにもよるが、1日~3日は燃え続ける。 扱いを間違うと爆発の危険があるため、細心の注意が必要』


危ッ!!ヤバすぎるだろ、爆発するかもしれない石をこんなにいっぱい。

まぁ、とりあえず気をつけよう。


「ショウ、まだか?」


「あ、今渡す」

オレは魔紅石を1つだけ手に取って、ボルドに渡す。受け取ったボルドは鉄板の下に魔紅石を置くと、何故か指パッチンをやり始めた。よく見ると、ボルドの指から火花が飛び散ってる。

なんだそれ?!ト○コかよ!?300㌔もある虎を持ったり、指で火付けたり人間離れし過ぎだろ。

少しして魔紅石に火花が当たると真っ赤な炎が鉄板を包み込んだ。手のひらサイズしかないのに凄い火力だ。 少し離れてるオレにも熱気が伝わってくる。

そのうち鉄板の上に乗っている肉が、ジュ〜っと耳触りの良い音を奏で始め、それと共に芳しい匂いが鼻腔をくすぐる。


「まだまだ、肉はあるが他に食べたい料理はあるか?」


「いや、おまかせで。 ボルドの得意料理が良い」

正直な話、オレがリクエストした料理でも相当美味いだろうけど、あのレベルの料理を作れる人ならおまかせにした方が確実なはず!


「そうか、分かった。 〖ノワールタイガーの叩き焼き〗は後、5分もすれば出来るから座って待ってろ」

ノワールタイガーの叩き焼きって……ハンバーグで良いと思うんだけども。

ま、細かいことは置いといてそうさせてもらいますか。



5分後。


「出来たぞ。 〖ノワールタイガーの叩き焼き〗だ。 肉汁が溢れてくるから火傷しないように気を付けろ。 ほら、ナイフとフォークだ」

ボルドの手からナイフとフォークを受け取る。 デカいハンバーグだけあって、使っている食器がいつもの2回りくらい大きい。オレのア○コよりも断然……いやいや、くだらないこと言ってないで早く食べよう。


まだ少しパチパチと油の跳ねる音がするハンバーグの真ん中辺りに、ゆっくりとナイフを降ろす。

カリッ……スぅ〜、トンッ。 力を入れたのは最初だけだ。 そのあとはナイフが勝手にハンバーグを両断して皿に達した。

半分に切ってもまだ拳1個分くらいあるハンバーグをフォークで突き刺して、一気に口へ運ぶ。


パク……モグモグ……ゴックン。

……あれ? ちょ、もう1回食べるから待って。

残ったもう半分に手をかける。


パク……モグモグ……ゴクリ。

「……ボーノっ!」

あ、間違えた。 感動し過ぎて変な人格出た。

「美味しい……今まで食べてきた料理の中で一番美味しいッ!!」

陳腐な感想で申し訳ないけど、それくらいしか感想が思いつかない。 感動した。

これからは好きな料理を聞かれたら、ボルドの作った←(これ大事)〖ノワールタイガーの叩き焼き〗って答えるわ。


口の中で広がる野生的で暴力的な旨み。それでいて、その奥に見え隠れする上品で華やかな脂の甘み。噛む度に溢れ出てくる肉汁。噛むと弾けて鼻を突き抜けるスパイシーな種。

こんな美味い料理を今まで食べたことがない。

(某大会で優勝した時に、親父が連れて行ってくれた、一貫○○○○円する寿司屋より数倍美味しい)


どうしようか。 食べる手が止まらないんだけど。

感想を頭の中で構築してる間に、無意識に手が動いていたらしい。 ボルドがテーブルの上に用意してくれたハンバーグ12個の3分の2がいつの間にか、消えていた。

我に返ってみると、口の中がパンパンだ。

麻薬でも入ってんじゃないか?これ。


「頬張り過ぎだ。 もっとゆっくり食べろ。 まだまだあるから、そんな急ぐな」

必死に食べていたところをボルドに窘(たしな)められる。




1時間と30分後。


「ふぅ〜。食べた切ったぁぁ! ボルド、ご馳走様でした」

テーブルに手をついて頭を下げる。


「おう。 腹はいっぱいになったのか?」


「もう、充分。 なんなら食べ過ぎた……かも。ははは」

なんと、オレ、天野翔は総重量50㌔の肉を食べきってしまいました。

は?ってなるけど、この理由はミリナが説明してくれた。


『全てのエネルギーを魔素に変換して体内に貯蓄しました』

とのこと。よく分からないけど、まぁそういうことだ。


オレの身体は魔素の保有限界量が他生物に比べて圧倒的に多いらしく、こんだけ食べても限界量の7%しか貯えられなかったらしい。

それでも、スキルとか激しい運動をしなければ1週間は何も食べなくても生きていけるとか。(水分は必要)


それにしても、本当に、全ての料理が美味しかった。 オレが今まで食べてきた料理が離乳食に感じる程に。(食べたことないけど)


「それじゃあ、そろそろ話してもらうぞ。 ショウ、お前は一体何者だ? 返答によっては首を掻き切るぞ」


前にいたはずのボルドに、いつの間にか背後に回り込まれて首元にナイフを突き付けられた。食後で油断してたとは言え、オレが背後を盗られるなんてほとんどない。(ノワールタイガーの時のことは忘れてくれ)


「ボルド。とりあえず、ナイフは下ろしてくれ。 首元に刃物なんか立られたら怖くて話も出来やしないから」

何となく、こんな気はしてた。 ボルドから発せられるピリピリとした空気。スパイスのせいじゃなかった。


断られるかと思ったけど、ボルドは簡単にナイフを下ろした。


「大して面白い話じゃないけど、良いか?」

別にオレからすれば、特にやましい事がある訳でもないし。


「構わない」

ボルドはテーブルを挟んでオレの目の前に立つ。 オレが不審な行動をすれば、ナイフで一突き出来る距離だ。(スキルはあるけど、なるべく事を荒立てたくない)


「オレは……」




to be continued


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