乱れ桜か何か

エリー.ファー

乱れ桜か何か

 今夜は、凍えて眠れ。

 そう言われて気が付いた真夜中に、おそらく私は逃げ出した友の姿を見た、

 今、どこで何をしているのか。

 自分の中に才能がないことを知りながらもがき、結果としてつみ重ねることすら投げ出した、事実。

 私は友のことを積極的に忘れようとしていた。

 どうにもならなかったのだ。

 何をしても上手くいくのは私で。

 友は何をしても全く前に進んでいなかった。

 要領のいいタイプであったことは間違いない。しかし、決して才能はなかった。

 それが全てだ。

 私の人生に中であれほど生き方について考えるきっかけを与えてくれたのは、彼が最初で最後であると思われる。


 今宵は凍えて眠れ。

 多くの人々を犠牲にした桜である。その下には権力に負けた者たちの死体がねむっている。そのことを忘れようとする限りはその桜は根をより深くし、人々の視界から、思考から消えることはないだろう。

 余りにも、時間が足りないと嘆く前にまずは桜との会話をしなければならない。

 今の世の中では、軽々に外に出ることも不可能ではあるが、それ故に、多くの時間を思考に費やすことができる。桜との対話、桜というものの理解を深めることが可能である。

 いつか、何もかもなくなり、すべてが元通りになった時、桜から始まる多くの問題が解決に導かれることは間違いない。

 ただ、春の夜の夢のごとしであり、そこから始まるものこそが生きた哲学であり、生きた思考なのである。

 命は桜によく似ているが。

 桜ほど命から遠いものもない。

 それは多くの人々が作り出した文化から始まる幻想と言えるのではないだろうか。

 嘘をつくために、今日も桜の木の周りに死体を飾る。

 これは小説である。

 しかし。

 独白でもある。


 今夜は凍えて眠れ。

 いさぎよいという生き方に自惚れてしまったからあの勇者は死んだのだ。魔王を倒すという本来の目的を忘れ、自分の生き方を優先したのだ。

 こうして世界が滅んでしまった今でさえあの勇者の生き方を自由だと宣う人間がいる。

 本当に救いようのない馬鹿ばかりだ。

 哀れで何も言えない。

 世界を唯一すくえる存在が、世界を救おうとしなかったのだ。滅亡を願ったことと同義だろう。

 もはや。

 世界の滅亡を願う魔王や怪物たちと思考は同じと言っても差し支えない。

 勘違いもほどほどにするべきだ。

 勇者という存在について回るのは、名声や地位や、名誉、そんな類のものではない。責任だけだ。甘ったれるな、そんな正の方向に振れるような要素ばかりではないし、むしろそれらは少ないほどだ。

 これは人生であり、そして、生き方である。

 まるで桜のように、そもそも咲き誇ることが目的ではなく、散ること自体が目的であるかのような在り方そのものなのである。

 皆がそうやって勘違いしているうちは次の勇者も、その次の勇者も同じような過ちをすることは目に見えている。

 皆が作ったのだ。人類が作り出したのだ。

 この世界を滅亡させる原因を。

 桜が完全に散ってからすべてに気が付いたか。


 今夜は凍えて眠れ。

 ピアノの音を聞きながら、静かに眠れ。

 桜はないけれど静かに眠れ。

 愛する人とともに眠れ。

 誰もが今を愛そうとしているなら、それがすべてだ。

 桜に埋もれて。

 凍えて眠れ。

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