第50話 約束【アイ・小池】

アイは小島の停学中、困惑していた。

なぜかというと、アイは暴力が大嫌いだからだ。

小島が暴力を振るったことに対して嫌悪感があったし、暴力なんて使わなくてもやり方はもっとあるはずだと思った。

けれど、「私のためにそこまでしてくれるんだ…」という嬉しさと幸せな気持ちもあった。

嫌悪感と幸福感の両方を同時に感じるなんて初めての経験だったアイは戸惑い困惑し、そしてこれから小島とどう接したらいいのか悩んでいたのだ。

ただ1つアイの中で確かなことは、暴力を使ったけれど小島のことを嫌いになれるわけがないということだった。

だから小島に「今後暴力を使わない」と約束してもらうことにした。

アイの為なら何だってできる小島にとって、そんなのお安い御用で「あいよ~」と素直に返事をして、またいつものようにイチャコラ幸せな日々に戻る。

けれど人生そんな単純なものではない…


アイは歌が上手かった。

そういったこともあって他校のバンドマンに誘われてJUDY AND MARYのコピーバンドのボーカルをやることになった。

小島とアイは、バンドの練習を理由に会う頻度が減っていく。

そのバンドのギターをやっていたのが小島より1つ年上の小池というイケメンだった。

小島は、この頃から言葉では説明しにくい嫌な予感があった。

けれど、その予感に対してできることは何もなかった。


その年のクリスマスにアイから「ライブハウスでライブやるから絶対来てね!」と誘われた。

小島は、正直ライブハウスに行くのは気が重かった。

というのも素人のバントで盛り上がれるとは思えなかったし、他校の奴と揉めて喧嘩になる確率が高いと思ったからだ。

小島は、中学生の頃から喧嘩をよく売られた。

なぜそんなことになるのか小島にはさっぱりわからない。

けれど、わからないのは本人だけで、小島は普通に立っているだけで偉そうに見えるし目立つ存在だ。

だから血気盛んな男たちのわかりやすい標的になってしまう。

そんなわけで、小島は、絡まれる理由はわからないものの、絡まれやすい体質であることは自覚していたので、ライブハウスに行くのに乗り気ではなかったのだ。

かといってアイの誘いを断ることもできないので、しょうがなしに行ったところ、入り口のチケットを渡すところで早速もめる。

小島は素直なので、今まで売られた喧嘩はすぐに買ってきた。

けれどアイと約束した小島は、今回ばかりは喧嘩する気などさらさらなくて「ほらね」って感じだったけれど、イライラはしていた。

その騒ぎに気付いたアイが慌てて止めに来て喧嘩にはならず事なきを得る。


ライブが始まると小島は客席の後ろの方で聞いていた。

やはりつまらなかった。

ステージ前のノリノリの連中に冷たい視線を浴びせて時間をつぶすくらいしかやることがなかった。

とにかく早く帰りたかった。


アイ達のバンドの番になり、後ろの方にいるのを見つかると怒られそうだったので小島は少し前の方に移動する。

小島は、アイがカラオケや家で歌の練習をしていたのをよく聞いていたのだけれど、本番のライブは気合い入っていたのかいつもより声が出ていて「お、いいじゃん!」と思いながら聴いていた。


最後に歌ったのはJUDY AND MARYの『クリスマス』という曲だった。

アイが歌い出す前にアイコンタクトで小島に前に来てと合図を送ったので、小島は一番前までかき分けて行った。

そして「何よりも大切なものをくれたぁ♪」の歌詞のところでアイは小島に向かってダイブする。

小島はビックリしたけれど、ちゃんと受け止めた。

それからアイは、小島にキスをしてまたステージへ戻っていった。

小島は、周りの視線が恥ずかしかったけど…嬉しかった。

アイは、これをやりたくて小島を強引にライブ来させたのだ。

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