第41話 夢の対決に心躍らす話【将軍・大地】

スポーツ選手に怪我は付きもので、小島も少なからず怪我に泣かされた1人だ。

腰の痛みに悩まされていたのだけれど、高校2年生の春に椎間板ヘルニアと診断された。

そして6月の練習試合では右足首靭帯断裂の怪我をしてしまう。

小島は、夏の甲子園の予選までに何とか回復させたいと思っていた。

けれど予選のトーナメント表を見た小島は、四の五の言っている場合ではなくなる。

なぜかというと、三回戦でどうしても対戦したい高校とぶつかるからだ。

将軍がいる狭山ヶ丘高校である。


小島と将軍は小中学校と一緒にプレーをしていたので、敵として対戦したことが一度もなかった。

そして小島が高校へ進学するときに、将軍が裏で動いてくれたようで狭山ヶ丘高校から野球推薦の話が来ていた。

けれど小島は「いつか将軍と対戦したい」という思いもあって狭山ヶ丘高校からのオファーを断った経緯がある。

なのにこれまで将軍と対戦する機会がなかった。

それが将軍にとって高校最後の大会で、やっと夢を叶える機会を得たのだ。

小島の心は躍った。


トーナメントの組み合わせが発表された夜、将軍から小島に電話があった。

「ナイス組み合わせだな!しかも埼玉テレビで放映されるみたいだぞ!」と将軍は言った。

小島は、テレビ放映があるとは知らなかったので、2人の対戦がテレビ放送されると思うと、さらにやる気が出た。

小島は、「お互いコケないで行こう!」と告げて電話を切った。


将軍の高校は1回戦、2回戦を共にコールド勝ちで順当に勝ち上がる。

一方、小島の秩父農工は第11シード校だったので、試合は2回戦からだ。

対戦相手は上尾高校で、前回の対戦では2点差で勝ったものの試合内容としては接戦を繰り広げた強敵になる。

それに絶対的エースの大地が春に肘を壊してしまったので、前回よりも厳しい試合になることは間違いない。

けれど「次は俺の番だ!」と小島の気合は入っていた。


試合当日、スターティングメンバーが発表された時、小島は愕然とした。

というのも小島の名前がスタメンになかったからだ。

監督から「小島は三回戦から行く!足の状態がまだ完璧ではないから、この試合は代打で行くから準備しとけ!」と告げられる。

この時小島は、初めて監督に噛みついた。

「この試合落としたら三回戦もクソもないんですよ。俺出れますよ!てか俺を出して下さい!」

けれど監督の選手の体を優先した判断は変わらず、小島の意見は通らなかった…


小島と大地がいない試合は一方的な展開となる。

6回を終えて7対0。

上尾高校のコールド勝ちの雰囲気すら漂い始める。

そして7回の上尾高校の攻撃。

あっという間に2人が出塁する。

ここで秩父農工はピッチャーを交代する。

マウンドに上がったのは大地だ。

けれど現実とは残酷なもので、怪我をしてから球速が20kmも落ちている大地が投げた一球目はレフトスタンドに運ばれてサヨナラコールドスリーランとなった。

結局、小島は出場することなく、7回10対0のコールド敗けで秩父農工は姿を消すことになる。

そして将軍との対戦は幻に終わり、小島の野球人生で一番悔しい日となった。


将軍がいる狭山ヶ丘高校と上尾高校が対戦する日、悔やんでも悔やみきれない小島は、学校を休んで家のテレビで試合を見ていた。

将軍は、三番ファーストで試合に出ていた。

勝つために手段を選ばない将軍は、五回の打席でインコースの球を自分から当たりに行き、デッドボールを装って一塁へ走って行く。

けれど審判が手でちょいちょいと「戻って来い」のジェスチャーを将軍に送る。

将軍が「あっ!バレた!?」みたいな表情をしながら打席に戻る映像を見た小島は、テレビの前で笑い転げた。

そしてテレビの解説には狭山ヶ丘高校のコーチが呼ばれていたのだけれど「このバッターは、こういう事を平気でやるセコいバッターです。」と紹介したものだから余計に笑いが止まらなかった。

結局将軍はヒットを1本打ったものの5対2で上尾高校に敗れる。


すっかりおじさんになった今でも「あの時、将軍と試合したかった…」と思ってしまう小島なのであった。

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