第3話 その青春はギターと共にやってくる
吸い始めたタバコはもう半分くらいになろうとしていた。
壁にもたれて伏し目がちにタバコを咥える俺の前で、他の
他愛もない会話をBGMがわりに聞き流していた俺だったが、ふと視線を感じて視線を上げる。すると俺の方を見ていた、一人の不良と目が合った。
こいつはーーー
「ーーーどしたの、クラタン。俺の方ばっかり見て、顔になんかついてる?」
視線の主は一年の
クラタンは
正直、ここには場違いな感が否めないが、ここの不良たちは来るもの拒まず去るもの追わず。みんなクラタンを仲間として受け入れている。
そんなクラタンは俺の言葉に慌てて手と首を横に振る。どこか可愛らしさを感じさせる動作だ。もしかすると実は案外育ちがいいのかもしれない。
「あっ、特にそういうのではなくて! カイト先輩がタバコ吸ってるのって様になるなーって思って」
「そうかな?あんまり意識してる訳じゃないけど」
要はわざわざ気取らなくてもタバコを吸う姿が様になってきたということだ。それは先輩の理想にまた一歩近づいたということになる。
でも、その先輩はもうここにはいない。
その事実に少しじくっと心が痛んだが、そんなことを知らないクラタンは俺の言葉にキラキラと顔を輝かせる。
「そういうわざと気取ってないところがいいんですよ! はぁ~、僕も早くカイト先輩みたいになりたいなぁ」
「やめとけやめとけ、俺の真似してもろくなことにならないから」
この言葉は本心からの言葉だ。女に振り回されて、未だに昔の女の理想の男になろうとしてる奴を真似してもクラタンには一文の得にもならないだろう。
彼には彼にしかない愛らしさを生かしてぜひとも
そんなことを考えていると、俺の肩にポンと手が置かれる。置かれた手の方を振り返るとそこにはよく見知った顔があった。
「いや、俺を含めてお前のことを知ってる男なら誰だってお前になりたいと思うぜ、カイト」
「なんだ、ブッチか」
ブッチこと
先輩との別れの件もあって、一時はこいつには
ブッチは俺の肩に手を置いたままやれやれと言わんばかりに首を振る。
「クラタンはまだ一緒に行ったことないから知らないだろうけどよ、カイトがいると合コンの女の食い付きが違うんだぜ?」
「えっ!?」
「おい、適当言うなよ」
俺は言葉を制しようとするが、ブッチの口は止まらない。
「適当じゃねぇよ。俺はよく合コンのセッティングするんだけどさ、相手の女たちがさ、「ユッキ君だっけ? あの背の高い子が来てくれるならいーよ」っていつも言うわけよ」
「そうなんですか! へぇ~、知らなかったなぁ」
「…………」
俺も知らなかった。
なるほど、確かによくよく思い返してみれば、合コンの度に他の面子はちょくちょく変わるのにいつも俺だけ固定メンバーみたいになっているとは思ったが、まさか俺が客寄せのダシに使われていたとは。
俺は心の中でブッチの評価をそっと一段階下げた。
「んでさ、実際合コンが始まったら基本的に女はカイト狙いだから、俺たちはうまいことトークとかで場を盛り上げてちょいとそのおこぼれを貰うわけよ」
「なるほど! じゃあブッチ先輩もちゃっかり女の子をお持ち帰りしてるわけですね!」
「えっ……………」
クラタンの言葉にそれまで饒舌だったブッチが急にゼンマイが切れたロボットみたいに固まった。全てを察したクラタンが「あっ……」と一声発したあとにしばらく重い沈黙が裏庭を支配した。
…………ブッチには少し優しくしてやろう。
俺は心の中で下げたブッチの評価をそっと元に戻しておいた。
◇◇◇
裏庭で談笑する後輩たちの声を聞きながら、俺、
校舎から裏庭に入るにはこの資料棟の入り口が一番近く、他の離れた入り口は全てここから一望できる。「立ち番」をするのにこれ以上の場所はない。「立ち番」の定位置となったこの場所で俺は黙々と自分の役目をこなす。
当時一年生だった俺の提案によって始まったこのシステムは、俺が三年生になった今でも後輩たちの手を借りながら脈々と受け継がれている。
「自分の居場所は自分で作る。」
これが俺のモットーだ。
野球部を不当な暴力によって追い出されてから、俺はすぐに新しい居場所作りに動いた。
俺と同じ学年内のドロップアウト組を集めると、散発的に動いていた上級生の不良にも声をかけて、人気の無い裏庭を不良グループの活動拠点に定めた。それからは上級生の顔を立てつつ、下級生の俺たちも過ごしやすくなるようなルールをどんどん提案して、連帯感を高めながらグループの運営に努めた。
結果、現在に至る2年足らずでこの学校の不良グループはかなり洗練されたといえる。先輩の卒業による代替わりが起こってからも、俺たちは皆が連帯して自分達の居場所を守っている。
そして拠点を設定したことで、不良たちが一般の生徒に迷惑をかけることも滅多になくなった。
自分達の勝手で不良をやっているからこそ、その勝手に人様を巻き込む訳にはいかない。そんな俺の想いは実を結んで、今やこのグループは円熟期を迎えたといえる。
おそらく俺が卒業してここからいなくなっても、誰かが後を受け継いでグループは回るだろう。世間的には鼻つまみ者の不良たちのグループではあるが、それでも自分の作った居場所がそれを必要とする他の誰かの居場所になっていくのは心地がよかった。
誰にだって何かしらの居場所は必要だ。ドロップアウトした不良にだってそれは必要なものなんだ。
そんな想いから生み出したこの裏庭の楽園が、この後一瞬で崩壊することになるとはその時の俺は夢にも思っていなかった。
物思いに
「なっ!?」
人影の正体は小柄な少女で、制服の胸元に着けたリボンの色からこの学校の1年生であることがわかる。その背中に体格に不釣り合いな大きなギターを背負った少女は、立ち上がって首をごきごき鳴らすと「いやーこの学校、裏庭までの道が不便過ぎな!」と独り言を漏らしてから、一目散に裏庭へと駆けていく。
まずい。あいつ、裏庭に向かうつもりか!
昼休みも終わりが近づいたこの時間はもうみんなタバコを吸い終わっている頃だと思うが、今日は遅れてやって来たカイト君がいる。ゆっくりとタバコを吸う彼は、まだタバコを吸っている途中かもしれない。
後輩の不良の中でも義理堅く頭もいい彼は、俺が密かに卒業後の後釜にしようと考えていた人間だ。もし喫煙がバレたらまずいことになる。
「おい、お前ちょっと待て!」
走り去る少女の背中に慌てて声をかけたが、呼び止められたのが自分のことだと気づかないまま、少女は資料棟の角を曲がって裏庭へと消えて行った。
「くそっ、最悪だ!」
頼む、早く出てくれ!
祈りながらスマホを耳に当てる。
数回のコール音が響いたあと、ブツッというわずかなノイズと共に運命の電話が繋がった。
◇◇◇
咥えたタバコの長さは残り三分の一ほどになった。文字通りあと一服入れたら終わる長さだ。
ズボンのポケットからスマホを出して時刻を確認。午後の授業の予鈴まで後3分というところだ。
まだ吸いきってないけどそろそろ時間か。
スマホをズボンにしまって代わりに携帯灰皿を取り出そうとしたその時、手の中のスマホから振動を感じた。この振動パターンは電話着信だ。
いぶかしみながら画面を見ると相手の名前は榊先輩。何か緊急の事態かと俺は急いで通話ボタンを押してスマホを耳に押し当てる。
「もしもし?」
問いかけた俺の耳に焦った先輩の声が刺さる。
「カイト、タバコ吸ってるならすぐに消せ!女が一人そっちに走って行ったぞ!」
そこからの俺の行動は考えうる限り最速だったといっても過言ではない。
すぐにスマホを切ってズボンにしまうと、返す手で携帯灰皿を制服から抜き取る。スクリュー式の
あとはタバコを灰皿の中に落としてから蓋を閉めるだけ。たったそれだけで全てがうまくいくはずだった。
それなのに。
「うらにわにはにわにわにはにわにわとりがいる! とうっ!」
意味不明な言葉と共に、目の前を黒髪の奔流が横切る。黒絹のように艶やかで長いその髪が視界に入った瞬間、俺はここにいるはずのない
一瞬の後に黒髪は重力に従って垂れ下がり、その髪の主である少女が立ち止まってこちらを見る。
その姿ははっきり言って朱莉先輩とは全く似つかなかった。
まず何といっても身長が違う。先輩は170㎝近い長身だったが、目の前の少女は150㎝にも届かないような小柄な
髪の毛の長さと艶やかさは先輩と似ているが、先輩が完璧なストレートだったのに対して、少女のそれはくせっ毛なのか髪のいたるところで毛先が外に向かって跳ねている。
その髪の根本にある顔は、黙っていれば
その全ての要素を合わせると、目の前の少女はさながら迷い込んだ野良の黒猫のように俺の目には写った。
そんな迷い猫の少女と目が合う。猫のように好奇心旺盛な瞳がしばらく俺の顔を見つめた後に、俺の手元に落とされて再び顔へと戻る。
しばらくお互いに無言で見つめ合った後、少女は右手の人差し指を立てるとそれを無遠慮に俺の顔に突きつけて声を上げた。
「うわっ!? 裏庭にはにわとりじゃなくてヤンキーがいた!?」
「おわっ!? この阿呆、大声を出すな!」
大声で叫ぶ少女を慌てて制していると、榊先輩が裏庭に駆けつけてきた。
「カイト、遅かったか! お前ら、早くずらかるぞ!」
「「「は、はい先輩!」」」
先輩の鶴の一声でしまい損ねたタバコを灰皿に入れると、俺と不良たちは少女を残して一目散に裏庭を後にした。
去り際に一度だけ後ろを振り返るとそこにはぽかんとした表情の少女がただ一人で立ち尽くしていた。
くそっ、俺のミスでとんでもないことになった! あいつめ、一体どこから湧いたんだ!?
裏庭を走り去りながら、俺は胸の中で自分の
◇◇◇
これが、俺と彼女のファーストコンタクトだった。
第一印象は最悪。俺の人生において絶対にかかわり合いになりたくない人種だと思った。
そんな彼女がこの先、俺の人生を大きく変えるキーパーソンになるとはこの時の俺は夢にも思っていなかった。
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