第5話奴隷の烙印

俺と奴隷のエリスは勇者エリアスやアリシア、ベアトリクスに呼び出されて街に用事に出かけた。


何か重いものでも買うのだろう。最初はそう思っていた。


しかし、勇者エリアスがどういう人間なのか、幼馴染のアリシアや妹のベアトリクスがどんな人間なのかを良く知る事になった。


「ここが目的地だ」


「ここって?」


「奴隷売り場よ」


アリシアが言う。


「奴隷はエリスだけで十分なんじゃ?」


俺は不思議に思った。だが、エリアスの真意はすぐにわかった。


エリアスは突然乱暴に俺の襟首を掴み、奴隷売り場の店の中に俺を放り投げた。


続いてエリスもだ。


「何をするんだ! エリアス?」


「何をだと、それ以前に何を気軽に俺様の名前を呼んでいるんだ? エリアス様だろう?」


「......エリアス」


俺は驚いた。エリアスは誰にも好かれる好男子だ。


使えない俺にもいつも声をかけてくれてた。


「俺は無能なお前と一緒に旅をするのが心底嫌だった。俺達が命懸けで戦っている時、お前はただ、待っているだけ。おまけに、アリシアにまで手を出して。身の丈をわきまえろよ!」


「アリシアは俺の彼女だ。俺の婚約者だ。お前の方がおかしいだろ!」


「今は俺の女だ。先日聞いたろう? 俺達の間柄がどこまで進んでいるのか?」


「お前、わざと......俺にわかる様に」


「そうだよ。察しが悪いお前にわかりやすい様にしたんだよ。なのに、お前は未だにアリシアにちょっかいを出してきた。あまつさえ、生意気にもその奴隷の女とよろしくやっている」


「俺とエリスはそんな間柄じゃ無い」


エリアスを睨むとアリシアがずいっと身を乗り出してきた。


「本当に気持ち悪い。流石に身の程を知ったかと思ったら、未だに対等だと思われて、キモいわ」


アリシアが薄ら笑いを浮かべて俺を見下げていた。


「そ、そんな、アリシア!」


「おとなしく、昨日故郷に帰れば死なずに済んだのに、馬鹿ね。あなた邪魔なのよ。私の婚約者だなんて、本当に面倒臭い」


「俺達をどうするんだ?」


「お前を奴隷として売り飛ばす。ついでにエリスもだ」


「俺は平民だぞ! 理由もなくそんな事できる訳が無いだろ!」


「どんなところにも抜け道があるんだよ」


エリアスが今まで見せた事が無い、冷酷な笑みを浮かべる。


「1年も生きていられないわよ」


ベアトリクスだ。妹のベアトリクスが、アリシアそっくりの薄ら笑いを浮かべて俺を見下げていた。


「アリシアお姉ちゃんから聞いたわ。私とエリアス様の睦美事、聞いてたんですって、本当に気持ち悪い」


「そ、それはエリアスがわざと聞かせたんだろ!」


「はあ? エリアス様が悪いっての?」


ベアトリクスは俺を蹴った。


......そして。


「汚らわしい!」


そう言った。


2人共変わってしまった。俺を愛してくれたアリシアも、俺を慕ってくれたベアトリクスも、もういない。


そして、奴隷商人がやって来た。


「これはエリアス様。これが先日依頼された特別な奴隷ですね」


「ああ、そうだ。特別だから、丁重に頼む。それと普通の奴隷だが、他にもう一人」


「承知しました。特別な奴隷ですね。それは私達にはとても貴重な奴隷です。それにもう一人は、おや? 中々綺麗な顔立ちをした少女ですな」


「どう扱おうが貴様次第だ。大抵の事は揉み消してやる」


「では、性奴隷にしましょうか?」


「エリアス、お前、エリスを性奴隷にする気か? そんなの法律で許されないぞ! いくら奴隷でも、なんでもしていいものじゃ無いだろ?」


「煩いな。いつまで人間の様な言葉を喋っているんだ? うざいんだよ。お前は」


『ガシッ』


俺はエリアスに激しい蹴りを喰らった。痛い、勇者の蹴りは常人のものでは無い。


「エリアス様、貴重な商品に傷をつけるのはご容赦を」


「すまん。つい怒りに我を忘れてな。早速、取引だ」


「はい、では、特別な奴隷10000ディナール、性奴隷はそうですね。10000ディナールで如何ですか?」


「悪く無いな。無価値な人間でも少しは価値を与える事ができたな」


「私共もあなたの様なお方とお知り合いになれまして、お近づきの兆に少し色を付けさせて頂きました」


「中々、意を汲むのがうまいな。今後とも世話になるか」


「はい、今後ともよろしくお願いします」


「では、早速、奴隷の烙印の儀式というヤツを見せてもらおうか?」


俺は、顔が真っ青になった。奴隷の烙印。


奴隷の中でも最低ランクの奴隷だけに刻まれる刻印。


普通は凶悪な犯罪を犯し、奴隷に落とされた平民や不貞を犯した女だけに刻まれる。


この刻印を受けた奴隷は同じ奴隷からも蔑まれる。


「二人に早く烙印を押してくれ」


「エリスは関係無いだろう?」


俺は叫んだ。俺はエリアスから怒りをかったかもしれない。


だが、エリスは何もしていない。


「お前ムカつくんだよ。何を人の心配してるんだよ。もっと惨めに泣き叫べよ。俺はそういうものがみたいんだ。エリスに烙印を押すのも、俺の趣味だ。人が堕ちるところを見るのは正直たまらん」


「そ、それがお前の正体か?」


『ゲシッ』


今度は奴隷商人に蹴られる。


「エリアス様になんという口を! いけませんね。まだ、平民のつもりだなんて。申し訳ございません。私達の奴隷が無礼を致しまして、まだ、刻印が無いので、良くわから無いのでしょう。すぐにわからせる様に致します。おい、準備をしろ!」


奴隷商人の店の奥から、赤く熱せられた鉄の棒を持って、別の商人達がやってくる。


俺とエリスは何人かの商人達に押さえ込まれた。


「俺にやらせてくれ」


エリアスは自ら焼印を持った。冷酷な笑みを浮かべながら。


......そして。


『ジュー』


肉がこげる嫌な匂いに激しい痛み。熱すぎて痛みしか感じない。


「あ、ああああああああああああああ」


俺の喉から叫び声が溢れた。


意識を保つのがやっとだが、わずかに残った意識で俺は懇願した。


「頼む、エリスは助けてやってくれ。彼女は何もしてないじゃないか? 頼む、エリアス、いや、エリアス様!」


エリアスやアリシア、ベアトリクスは心の底から楽しいのかゲラゲラ笑っている。


俺は、自分の全てのプライドも何もかもを捨て、せめてエリスだけでも助けてくれる様懇願した。


「ほー、ようやく自分の身分がわかったか? 本当に無能なお前と一緒のパーティかと思うと胸糞悪い。良く、今まで殺さないで我慢できたなと自分でも感心するぞ。そうだな。お前の最後の頼みだが.......『嫌』だな。お前の頼みなんて聞いてやらん」


俺は失意のドン底にいた。エリアスがエリスに焼印を押そうとした時、俺は聞いた。


「これはイエスタも知っているのか? あの人がこんな事承諾したのか?」


「お前は俺達とは違う世界の人間なんだよ。みんなお前がうざかったんだよ。彼も、最初は戸惑った様だが、最後は承諾してくれたよ」


俺はの意識はもう消えそうだった。


俺はパーティ全員に裏切られた。関係ないエリスまでも巻き込んでしまった。


そして、エリスの恐怖の叫び声が聞こえ、エリアスはエリスに焼印を押し付けた。


「ぎゃ、あああああああああああああ」


エリスの叫び声がこだました。俺のわずかな意識もそこで途絶えた。


エリス......すまない。そして、激しい憎悪が俺の心に生まれた。

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