第3話・5月31日 Ⅱ

走った。


木の影から飛び出し、迷彩服を風にたなびかせながらフラッグに向かって全力疾走する。隠れてこちらを見ていた男が慌てて桜に銃を向ける。男のもう一方がトランシーバーを投げ捨てる。桜の目の前におびただしい数の射線が見えた。


今だ。


桜は、かかとを地面にえぐり込ませるようにして急ブレーキをかける。膝を深く沈め、体のバネを全て使って、思い切り後ろへ飛んだ。フラッグと桜の間に弾幕が貼られる。飛びながら、桜は体を捻り、コンビに照準を合わせた。考えている暇はない。


それぞれ一発ずつ、体のど真ん中、だ。


引き金を引く。

手の中でバレルが跳ね、B B弾が男の鳩尾に直撃する。

体が回転しながら地面へと、


もう一発。


再びバレルが跳ね、もう1人の男の鳩尾の、全く同じ位置を撃ち抜いた。

桜は地面に倒れ込む。

3人目の男がようやく茂みを抜けブザーエリアに足を踏み入れる。桜は地面に突っ伏したままハンドガンだけを男に向け、


もう一発。


バレルが跳ねた。B B弾は鳩尾にあった。

笑ってしまうほどの正確さだった。桜の引いた3発は、初めからそこにあったかのような精度で、男たちのど真ん中を貫いていた。

少しの沈黙を経て、三重のヒット宣言がブザーエリアを支配する。男たちが戦場から日常に帰還していく。


桜は何も言わない。のろのろと起き上がって顔についた土をはらい、退場していく男たちの背中を一瞥して、ブザーの置かれた丘へと登っていく。桜の右手はまだハンドガンを握りしめたままである。

ブザーは机の上にあった。高校から直接引っ張ってきたような安っぽい机を見下ろし、桜は、そういえば杏奈は最後まで来なかったな、と思う。


まあ仕方ない。復讐の機会はまだいくらでもあるのだ。桜は左手でブザーを取り、この戦いを終わらせるボタンに親指を当て、


その音を聞いた。

茂みを無遠慮にかき分ける音を、足元の枝を踏み折って走る音を、マガジンポーチの中でマガジン同士がぶつかり合う音を桜は聞いた。

思わず笑みが浮かぶ。

足音で分かった。杏奈だ。さっきのトランシーバーを聞いて、慌ててこっちへ向かってきたのだろう。桜は左手にブザーを持ったまま、音の鳴っている方へゆっくりとハンドガンを向ける。


杏奈が飛び出してきた。

桜ああああああああああああああ_________


雄叫びはそこで途切れた。

茂みから稲妻のごとく飛び出した杏奈はその姿勢のまま凍りつき、自分の鳩尾にめり込んだB B弾を信じられないような顔で見つめる。桜は今日一番の笑顔のまま、今度こそボタンを押す。

終わりを告げる音色がフィールドに響く。

桜は丘の上から杏奈を見下ろす。

茂みの中で想像した通りの、実に悔しそうな顔がそこにあった。

皮肉の一つでも言ってやろうか、と桜は思う。


「もうゲームは終わっちゃったよ杏奈ちゃん。そんなに急いでどこ行くつもりだったのぉ?」


言ってやった。

悔しいやらムカつくやらで、赤くなったり青くなったりする杏奈の顔を見て、耐えきれなくなって桜は吹き出す。あやっぺの観賞会を邪魔された苛立ちはどこかに吹き飛んでしまった。桜が吹き出したのを見て、杏奈は顔を真っ赤にし、あと十秒早かったら私の勝ちだったんだからね、と言い返し、それがどうしようもなくいじましくておかしくて、桜は腹を抱えて笑う。


風がそよそよと流れる。

今日はよく眠れそうだな、と桜は思う。

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