第4話 推しカプに出会いました


「ウッ!?ぅう!?」


突然背後から大きな男の手が私の口を塞ぎ。威嚇する獣のような声で、耳元で呟いた。


「テメェ。クソ勇者の仲間か」


低くて、荒らしい声……この人……イケボやん。


後ろにいるせいで顔は見えないが。全身真っ黒コーデで、男にしてはあまりゴツゴツしてない細い指をしている。尖った鋭い爪は塗っているのか、それとも元からこの色なのかは分からないが、綺麗な真っ黒だ。


「ふぐっ」


後この人……すげぇいい匂いがする。なんか雌の匂いがする。

手首も掴めるほど細いし、肌なんか私より白い。

男なのに女みたいに見えるBL漫画あるある現象が既に起こっている。


ここで、私の興奮は最高潮に達した。


「オイ。聞いてんのかテメェ。さっさと答えろ」


「むごっ?むごむご…………ぺろっ」


「!??…………は!?」


思わず手を舐めると、男の手が口から離れて、少しだけ息が楽になる。


それにしても、声も出ないくらい感じちゃうなんて……かわえぇな。処女かよ。


「あはは!どうもすみません。我慢できずについ舐めちゃいました!エロかったもので」


「……なに言ってんだお前……俺が誰か知ってて言ってんのか?」


「ん?それはどういう……」


後ろを振り返った瞬間。私は、男の姿に釘付けになってしまった。


真っ黒な服とは対照的なほど綺麗な真っ白な髪に、力強さを感じる美しいルビーの様な赤い瞳。口の横には頬に向かって大きな傷跡があり。口が開くたびにギザギザに尖った歯が見えてなんか可愛い。身長が高いわりに腰とか腕とか足とか細いし。黒いコートってのがまた最高。おまけに口調も悪いし、目付きも悪い。


「ふ……腐腐腐。泣かしたい顔してやがるぜ」


この人は総受け。確定だわ。

まぁ人じゃないんだろうけど。


「……なんなんだテメェは……随分と気持ちわりぃ女だな」


「んっ!!そのゴミを見るような目!!最&高!!あぁ……早くその目をスパダリ攻めのテクニックで快楽に歪ませて、誰にも屈服したことなさそうな貴方のプライドをズタズタにしてほしい!!そして啼いて!!恥じらって!!」


「…………何言ってんのか全然分からん。テメェなんだ?人間なのか?」


「おっと失礼しました。私の名前は野崎友里と言います。雌猫さんのお名前は?」


「誰が雌猫だ。というか、俺を狙ってた勇者じゃねぇのかよテメェは」


「あぁ~~実はまだ登録はしてないんですけど。一応勇者になる予定って感じです」


「は?じゃあやっぱり俺の始末をしにきたってわけか」


まだなってもないのに、勇者予定ってだけで一気に敵対心をむき出しにしてくる。ってことはやっぱり、この人が例の『リザルド』とかいう魔人なのだろう。なんとなくそうだろうなとは思ってたけど。


「心配しなくても、私は貴方を始末するつもりなんてこれっぽっちも無いです。というかしたくないです!!ようやく出会えた推しキャラなのに!!」


「……そのオシ、キャラ?ってのは知らねぇが。じゃあテメェの目的はなんだ。俺を探してたんだろ?そういう素振りはしてたしな」


モブキャラになりきってたつもりだったけど、どうやら普通にバレていたらしい。


だからリザルドはあの時、私を捕まえて問いただしてきたというわけか。自分を探してる人間=勇者って思うもんね普通。


……ん?そう思うと、私の態度によってはあのまま殺されててもおかしくなかったってことか。良かったぁ~~手舐めたのは正解だったわ。


「答えろ。何が目的だクソ女」


これは早く言わないと、今にも殺しにかかってきそうな雰囲気だ。


まるで私から告白するみたいでちょっぴり恥ずかしいけど、私は勇気を振り絞って、想いを伝えてみる。


「えっと……実はですね。私はリザルドさんみたいな人を仲間にしたくてーー」


「その人から離れろ!!魔人リザルド!!」


「へ?」


怒りに近い大きな叫び声が聞こえた瞬間。太陽の光に照らされた大きな剣が、目に見えない速さで上から振り下ろされた。


「チッ」


「うおわっ!?」


全く身体が動かなかった私を咄嗟に抱えたリザルドは、剣を避けるようにして後ろへ下がるが。それでも剣の刃は彼の横腹あたりを斬りつけ。血を滲ませていた。


「っ!……クソが」


傷口に手を当てて、痛みに歪む表情をするリザルド……萌える!!

というか私抱えられてるし!?米俵みたいな持ち方だけど。


「魔人リザルド。鬼ごっこもそこまでだ。勇者である俺『カルナ・ユーリエス』がお前をここで斬る!!」


「わぁお。凄い主人公みたいな勇者が来たな……」


先ほど剣を振り下ろしてきた勇者を名乗る青年。カルナ・ユーリエスは、まさに物語の主人公のようなかっこいい決め台詞を言うと、リザルドに向けて刃の先を向けてきた。


これが俗に言う、危機的状況にならないと現れない。良いとこだけを持っていく主人公か。

まぁ、全然危機的状況じゃなかったけど。寧ろ邪魔されたけど。


「カルナーー!!頑張ってぇーー!!」


「かっこいいよぉ~~!!カルナァ~~!!」


そんなカルナ・ユーリエスの後ろでは、仲間であろう二人組の女性が黄色い声援を送っている。なんとも羨ましい。


まぁ確かに、金髪で優男で勇者ならかなりモテるだろう。きっと強いんだろうし。格好も勇者らしく。マントに背中にいつも剣を差しているようだ。


でも、ああいうみんなから好かれている人に限って無自覚天然タラシだったりするんだよな~~。周りからの好意にも気づかないし、自分が誰かに恋をしている事にも気づかない。「この胸の苦しさは一体なんだ?」「どうして俺は、コイツを見てるとこんなにもドキドキしてしまうんだ?」的なね!


「……ん?そういえばさっき「鬼ごっこもそこまでだ」って言ってたよね?あの人」


ということは、カルナ・ユーリエスはずっとリザルドを追いかけていたって事……だよね?

え、じゃあなに?二人はずっと前からお互いを知っていて、そして何度か戦っているって事ですか?何度も攻めたり受けたりしてるって事ですか?


「ぐっ腐!!」


敵対する二人。しかし、何度も戦って相手を知っていくうちに徐々にリザルドが気になりだすカルナ・ユーリエス。

結ばれない関係。でも、膨らんでいく気持ちは抑えられず……カルナはリザルドを路地裏へ連れ込み……そのまま……。


「行くぞ!!リザルド!!」


カルナの叫び声にハッと我に返ると、二人は既に戦闘を開始していた。


リザルドに向かって大きな剣を上から横へと振るいながら、前へ前へと前進していくカルナ。一般人の私だと、剣の刃が目で捉えないほどの速さだ。けどきっと魔人なら、こんな攻撃なんてことないのだろうと思っていた。だがリザルドは、剣を避けるので精一杯のように見える。


「はぁ……はぁ……」


余裕そうなカルナとは対照的で、息を乱すリザルド。エロい……じゃない。もしかして今のリザルドは、相当衰弱しきってるんじゃなかろうか?

だから今までずっと逃げ回ってて、勇者に見つからないようこんな場所で隠れてたんじゃ……。


「まずくね?それ」


もしもここでリザルドが死んでしまったら……折角この世界で見つけた推しカプ『カルリザ』が、もう見れなくなってしまう!!この二人はこれからなのに!!


「どうやら魔力はもう残ってないようだな。リザルド」


「……クソ、クソクソクソクソクソクソクソがぁあぁあ!!!!なめてんじゃねーぞ!!テメェに切られるくらいなら、この残りカスしかねぇ魔力を全部使いきって、テメェを殺してやる!!」


「いいだろう。来い!!受けて立つ!!」


歯を食いしばって眉間に皺が寄っているリザルドの顔も萌える……じゃなくて。リザルドは手を開くと、なにやら禍々しい黒い炎が一気にメラメラと燃え上がってきた。あれが一体なんなのかは分からないが、きっとリザルドの魔力を使った戦い方なのだろう。


けどさっきカルナは、リザルドに向かって『魔力が残ってない』と言っていた。これは予想だけど、多分これ以上無理をさせたらリザルドが危ない気がする。だってこういう展開、漫画とかで大体死ぬパターンだよこれ。


「燃えて消えろ!!クソ勇者が!!」


「女神様。俺に力を……届け!!光の剣!!」


なんかお互い大技をぶつけ合いそうな勢い。


「いや……そんな……」


折角出来た推しキャラがもう死ぬなんて……折角出来た推しカプで死ネタなんて……そんなの……そんなの。


「だめぇえーーーー!!」


「なっ!?」


気付いたら私の足は走り出して、二人の間へ飛び出していた。


確か週刊少年系で連載されてた忍者ものの漫画でも、こんなシーンあった気がする。漫画ではマスク付けたイケメン先生が止めに入って来てくれたけど……多分私の場合は止めてくれる人なんていない。


「あ、死んだ」


黒い炎と、光線みたいなものが私にぶつかった。

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