第3話 悪役に会う為、モブになりきってみる


「やっと……やっと着いた」


協会から街に着くまで、約一時間。

既に足は限界を迎えていた。


「どうせなら街まで転送とかしてくれたらいいのに……あの腐女神め」


コミケだったら二、三時間立ちっぱなしでも、全然平気なのだが。


険しい森の中を二十歳後半に入る女には無理。体力的に。


「というか……こんなんで私、本当に勇者とかなれんの?」


よく見れば、服とかスーツのままだし。武器なんて一つも持ってないし。しかも一時間森の中を歩いただけでこの疲労感。


勇者になったら、もっと色んな場所に行って、激しい戦闘があるって事だよね?


「どうしよ……萎えた。帰りてぇ」


喉は渇いたし、風呂入りたいし、アニメ見たいし、漫画見たいし、ホモ見たいし、ピグシム漁りたいし、けどスマホないし……。


「え。待って。よくよく考えたら、ここには漫画もアニメもスマホもないよね?っていうことは、萌えが供給出来ない!?まって。そんなの耐えられないんだけど……大丈夫?勇者になる前に精神的に死なない?私」


今更気づいてしまったこれからの異世界生活に、もう憂鬱しかない。


やはりあの時断って、現実に帰してもらえばよかった……。


と。街の中へ入るまでは、そう思っていた。


「うぉお~~!!なにこれぇえ~~!!」


目の前に広がる光景に、私は一瞬で心を奪わた。


そこはまさに、アニメでよく見る異世界と同じ。レンガで作られた建物が沢山並んでいて、時計台や噴水。それに酒場や武器屋もある。まるで外国に来たみたいだ。


「マジで私、異世界に来たんだ……」


テレビや漫画で見るのとは違う。リアルな異世界の風景と雰囲気に、私はすっかり虜になっていた。


街を歩いている人達も、皆甲冑やマントを身に着けていて、腰や背中には剣や弓といった武器を所持している。女の人はどちらかというと、杖を持っている人の方が多い。きっと魔法を使って戦ったり。回復させたりするのだろう。


「なんか完成度高いコスプレイヤーを見ている気分。目の保養ですわぁ〜〜。今ここにスマホかカメラがあったら絶対写真撮りまくってたのに!残念」


まぁ向こうからすれば、この世界でスーツを着ている私の方がコスプレしてる人みたいに見えるだろうけど。


というか。この世界でコスプレとか言っても通じるんだろうか?……いや、多分通じないだろう。


ていう事は、他の人達からすれば今の私の恰好は、ただの変人としか見られてないってことなのでは?よくよく見ると、皆チラチラ私の事見てるし。


「でもどうしよう……着替えたくてもお金なんてないし。……いやまて。そもそもどこで勇者登録とかすればいいんだ?どの店に入ればいいんだ?」


エドナとの会話を思い出してみるが、一番重要な事は全く説明してもらっていなかった。


あの女神め。なにが「私からの説明はもうありません」だ。滅茶苦茶説明不足じゃねぇか。


「とりあえず。誰かに聞いてみるしかないかな?」


このまま街を歩いていても不審な目で見られるだけだし。ここはお得意の営業スマイルを使って、なるべく優しそうな人に話しかけてみようかと。思っていた時だった。


ウゥーン!!ウゥーン!!


「<緊急事態発生。緊急事態発生>」


突然サイレンのような音が鳴りだしたかと思えば、不穏な放送が何処からか流れ始めた。


「<魔人『リザルド』が街へ侵入しました。一般人の方々は速やかに家の中へ避難してください。勇者の方々は魔人を見つけ次第排除してください>」


「魔人……リザルド?」


そういえばエドナが、この世界には魔王や魔人がいるって言っていた。

ということは、その魔人の一人がこの街に入り込んでいるっていう事か。


「皆!リザルドはあの魔王の手下の一人だ!気を引き締めていくぞ!!」


「オォーー!!」


既に街にいた勇者達と思われる人達は、武器を掲げて、その魔人を探しに行ってしまった。


魔人リザルド……もしも私好みだったら死なせるのは惜しい。


「よし。行ってみるか」


なんとなく悪役キャラが隠れ潜んでそうな場所に心当たりがあった私は、人通りのない裏道へと入り込む。


そう。だいたいの悪役キャラは、こういう人が滅多に通らなさそうな場所に隠れ潜み。何故こんな時に、こんな場所を、一人で歩いているのか?と、思いたくなるような死亡フラグビンビンのモブキャラを襲うパターンが多い。


そんなモブキャラになりきって、私は裏通りの道を一人で歩いてみた。


襲われた時の事を、考えもせずにーー。

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