サラマンダー――火蜥蜴の卵鑑定のこと

 依頼されていた火蜥蜴ひとかげの卵の鑑定日だった。


 卵鑑定は久々だ。近年、諸都市国家の富裕層にサラマンダー飼育や卵の発掘が流行してしまい、学院は研究用の卵入手が難しくなったと困惑している。

 魔獣狩りは高値で買う貴族・商人に売りたがるので、今回の鑑定卵は学院の学匠がくしょうみずから学生を連れ、火山へ採取にいったものらしい。

 魔獣狩りが増えたおかげで楽ができると思ったのに……とは、依頼人のぼやき。


 サラマンダーは主に活火山に生息し、周囲を自分の好む気温に保つ性質がある。

 炎の中でも元気に生き、洋の東西を問わず古来から鍛冶場で珍重されてきた魔獣だ。しかし終始高温なうえ、死ぬと自然発火して燃え尽きるため、生態の理解はほぼ進んでいない。

 この生物の驚異は、卵であればマグマの中さえ移動でき、冷えた火山岩の中で何万年も眠り続けられる点にある。


 宝石のように掘り出された卵は、適切な温度で適切な時間温めれば孵化する。

 どんな記録にもない未知の古代種が生まれることもあり、その可能性の高い卵は庶民一家が五年食べていけるほどの高値で取引されると聞く。

 学匠の目的は研究とはいえ、そうした宝探し的な面もあって、鑑定はいつも楽しめるのだ。


 今回の卵は十三個。まだ岩屑がついているのでどれも黒い岩石にしか見えない。

 学生たちが見守る中、私の少ない特技であるサムパティの透視魔法を使って鑑定を開始した。

 魔鳥の鳴管めいかんを再現した細笛で複雑なさえずりを模倣すると、旋律三巡目にして効果が現れはじめる。酸欠で頭痛がするまで笛を吹き、なるべく正確に憶えた卵の中身をスケッチした。

 十一個はおなじみのヴァジャ溶原種だが、一つは後頭部の棘の数が多く、一つは四肢や頭部など各部位の比率が明らかに他と違った。

 学生の一人が興奮して言うには、頭の大きい火蜥蜴は古代東大陸の失われた鍛造術で使われた種かもしれないという。

 けれど彼の倍、人生経験の長い学匠は落ち着いたものだった。もしこの卵のことで論文を書く日が来たら、私の名前を載せようと約束したのみだった。

 魔獣の飼育は難しい。特に生態の未解明のものは数日と生き永らえないことも多い。サラマンダーの珍しい卵は、通常は孵化させず厳重保管となる。


 はたしてあれは本当に幻の火蜥蜴だったのか――。

 学匠の微笑からも読み取れるとおり、あまり期待しないで待っておこう。

 とはいえ先の楽しみが増えるのは嬉しいことである。次の機会もぜひ呼んでほしいと、忘れずに頼んでおいた。

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