ユニコーン――一角獣とお忍び王女のこと
初夏に開催される一週間の祭では、家畜の品評会や
会場詰め魔獣医として働くかたわら、子供たちが手塩にかけて育てた家畜を賞に出したり、高く売って学費を稼ぎ、喜ぶのを見るのも嬉しい。
呼ばれて競り会場へ行く途中、王城勤めの騎士である甥のオーリンを見かける。
若い婦人連れだが厳しい表情。貴族が城下で逢引き? 奇妙に思うが、挨拶は余計なお世話かと素通りした。
会場到着、知人の競売人を探す。なぜか布で覆われた舞台裏から手招きされ、入るとなんとそこにユニコーンの仔馬がいた。
だが角が偽物だと指摘すると、競売人は笑いながら角(実は牛の角を加工した品)を掴んで取り外し、最後の競りにこの馬を出品して、よくある一角獣の角詐欺への注意を促すつもりだという。
高額で競り落とすのは観衆に潜ませたサクラが務め、会場が湧いたところで私が登壇、ユニコーンの正確な情報を講義して欲しいとか。
ちょっと悪戯がすぎる気もしたが、夏祭だ。やる気になった。
さて、始まった競りは大賑わい、客入も上々となった。
いよいよ偽仔馬の段というとき、舞台袖に控えていた私は、最後列の椅子に座った新客にふと目をひかれた。オーリンの連れ。
だが座ったのは婦人だけで、甥は謹厳な護衛のようにその背後に立っている。仏頂面で、まるでクラーケン退治を任命された突撃兵のように背をピンと伸ばして。
妙な……と思っているうち、歓声とともにユニコーンの競りが始まり、
「ユニコーンは貴重な魔獣です。ぜひ王立魔獣園に寄贈して、学院の研究に貢献したいわ。もちろん城下の皆さんにも公開し、小さな子どもたちが、この生き物の素晴らしさに触れられるようにいたします」
拍手喝采で場がどよめいた。けれど、しかし――この魔獣は偽物なのだ!
思わず競売人を見ると、むこうはまさに死人の顔色。なんとかしてくれと必死の目配せをしてくる。
庶民における第三王女の人気はとても高く、このままでは王女の好意を無にする上、大恥をかかせることになる。
《ユニコーン》は、実は慣例名だ。
旧帝国領に広く流布した伝説の
古代から、角は万能の解毒薬と信じられ、真っ直ぐな長い角を額に頂く白馬として古典絵画にはよく描かれる。それにもっとも近い姿の獣が、極地方に生息する霜鬣馬〈フリムファクシ〉で、我らの偽仔馬もこれを真似たものだ。
だがこの魔獣は暑さにとても弱く、北部以外では飼育どころか仕入れも不可能。つまり王女に落札されたあと、偽物を本物とすり替える手も使えないということだ。
困った。心底困った。
今から競りを中止しても恥をかかせるのは変わらない。だいたい王女も王女だろう。連絡無しの王族訪問など大混乱を生むだけなのに。
魔獣に詳しいというならば、壇上のあれが偽物だとすぐさま看破してもよさそうなものを――と、うん! そこで閃いた。
そうだ、王女自身が気づけばいい。それなら丸く収まるかもしれない。
だが、どうやってそう仕向ける?
悩む間にもどんどん値は吊り上がり、焦りも頂点に達したとき、ふと視線があったのは我が甥だ。挙動不審な伯父を見つけ、思いきり不審そうな顔をした甥。――そうかオーリン、お前がいた!
甥は
王女の護衛が一人のはずがなく、案の定、別の兵士が会場外にいた。私はいそいで駆け寄ると、事情を話して協力を要請。
とはいえ『一角獣は偽物』などと、ドンピシャの信号は無い。なんとか通じそうな内容を送ってもらう隣で、私も必死にユニコーンの角のジェスチャーを送る。
そのあたりで――カン! 落札の槌音がした。
心臓発作寸前の競売人の脇を抜け、王女登壇。仔馬に近寄る彼女に困惑げのオーリンが何か耳打ちした。
王女は柳眉を寄せて馬を振り向き――ああ神様!――まぁと高い声をあげた。
「このユニコーンは偽物だわ。本物なら、角に螺旋状のすじがあるはず。どういうことなの?」
オーリン万歳!
私はここぞと競売人を押し出し、彼は立て板に水の勢いで王女を褒め称え始めた。
実はこれは一角獣詐欺の啓蒙イベントであり、ご指摘どおり仔馬は偽物、最後にタネ明かしの予定だったがさすがは魔獣に造詣の深い王女殿下、ひと目で見破ってしまわれた云々。
最初は目を丸くした王女も、ご機嫌を損ねずすんだらしい。また仔馬が人懐こく鼻を擦り寄せたのも良かったとみえ、彼女は私のかわりにユニコーン講義の演者を買って出てくれた。
観客は大いに感心し、後日その名声は城内にまで響き渡ることになる。
第三王女万歳!
……と、まあ。
見物人にとっては素敵な祭だったろう。裏方は生きた心地もしなかったが。
あとで甥に尋ねると、私のジェスチャーはまったく意味不明だったらしい。王女は今回の件が大層お気に召し、毎年行こうと言っているとか。
溜息をつくオーリンは、どうやらお忍びに度々つきあわされているらしく、まだ若いのに眉間のシワが深くなっている。
競売人はというと、可哀想に、三日寝込んだという話である。
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