モーガウル――水棲馬喰らいの大海蛇のこと
さあ、喜びと恐怖の混在する季節がやってきた。出産シーズンだ。
牧場に新しい命が産み落とされて大喜びするのは、なにも牧場主と親だけではない。この時期、まだ弱々しい新生児、
湾内の水棲魔獣牧場で一番恐れられるのが、総称〈モーガウル〉と呼ばれる巨大な海蛇類だ。
彼らは気配もなく海底から忍び寄り、牧洋域を泳ぐ
水棲馬は、水面下の水流や水圧変化に敏感だ。危険を悟るとただちに尾を打ち叩いて体重を軽くし、波を蹴立てて逃げ去るが、大海蛇は局所的に大振動を起こして海面を乱し(これが魔法か、そうでないかはいまだ議論がある)水棲馬の魔法に必要な独特の振動を阻害するらしい。
あわてた馬が海面を踏みそこね、姿勢を崩したところに巻きつき、締め上げて殺すのだ。
そういうわけで、この時期はどこも人手が足りない。難産のみならず怪我した患畜が大量に出るので、どちらかといえば内陸担当の私にも毎年お声がかかる。
それからもちろん、魔獣狩りたちにも。
今日、往診に行った胡椒湾の水棲馬牧場で、同じく手伝いに来ていた魔獣医仲間からすごい話を聞いた。つい三日前、記録的な大きさの海蛇が討伐されたという。
友人によると、どうやら数年前から付近の牧場を荒らしては姿をくらましていた、賞金つきの個体だったらしい。胴の太さは大の男でも抱えきれないほど、牙の長さはツルハシ並と聞けば、想像するだに背すじが凍る。地元では何人か行方不明の漁師もいて、こいつの仕業と考えられていたとか。
通常の海蛇狩りでは、浮きか重しを結んだ
それが今回、やはり同様に逃げかかったとき、たまたま見学していた依頼外の魔獣狩人が、見事な手際であっというまに仕留めてしまったそうだ。
友人は興奮気味に語ってくれた。その凄腕の狩人は左に雷撃を放つ剣、右に高熱を生む長剣を持っていたとか。鎌首をもたげた大海蛇を雷で牽制し、剛剣の右三撃で、あっさり首を焼き斬ったそうな。
魔剣は強力な魔獣素材の品だから、〈工房〉製のものだろう。
金角羊や炎獣素材を活用した武器だろうか。炎獣の熱に耐えられるなら、剣の支持体も普通の金属ではなさそうだ。
討伐された大海蛇の死体は、牧場の後援者たる島北領主の家に剥製として飾られることになり、すぐに港から引き取られていったという。
私は、魔獣の命を救う魔獣医だ。魔獣を狩り、捕獲して売る狩人とは対極の職にある。
けれど昔は少年らしい憧れを抱いた時期もあり、その狩人の剣さばき、捕物劇を見たかったと悔しがると、友人は心をこめて慰めてくれた。
得意げに鼻の穴を膨らませながら。
腹が立ったので、仕事帰りにワインを一杯おごらせる。
酒場のすみでは吟遊詩人がリュートを爪弾き、さっそく大海蛇と狩人の物語を歌に仕立てていたものだ。きっとそんな腕利きなら学院とも懇意だろう。
いずれ登城した折にでも、噂を聞いてみようかな――などと、久々にヤジ馬根性が動いた日だった。
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