チェシャ――南部の森の人喰い獣のこと

 都南部の森を騒がせていた魔獣の正体が判明した。やはりチェシャだったようだ。

 では、消えた人々の無事は絶望的だろう……。


 この島でも、もっとも恐ろしい魔獣の一種だ。近縁種は世界各地にいるらしく、その隠密性の高さが生存競争に大きく寄与しているのは疑いがない。

 出来のよくない痛んだ剥製ならば、私も学院の博物館で見たことがある。実物は斑紋の浮く淡緑の毛皮を持ち、女性的な曲線美を持つ妖艶な魔獣だという。

 魔法発動の瞬間には、油膜に似た紫虹の輝きが幻想的に全身に波打つといい、人を惑わすほど美しいらしいが、今度の被害者も相手を知る前に一撃で殺されたに違いない。聞くところによれば、その透明化魔法はアルミラージよりも強力だとか。


 ほとんどの個体は徹底的に気配を殺して生き、人里にも出てこない――ということになっている。だが時々、何かの拍子に人肉の味を憶えた人狩りの個体が現れる。

 噂によれば、イッシュ大陸の辺境集落では、何がきっかけか襲撃の頻繁な地域もあるようだ。人喰いチェシャ一頭を殺すために、昔は森ごと焼いて対処したという。


 現在は、まずガルマティコの警吏犬部隊が事に当たるらしい。

 けれども、魔獣狩りの訓練を受けていない彼らは本来対人用の警吏。チェシャや、大海蛇といった魔獣への対処には少々荷が勝ちすぎるだろう。

 おそらく、魔獣狩りギルド〈ゲイジャルグ〉に、専門家を派遣してもらう流れになるはずだ。


 ともかく、次の犠牲が出ないうちに早く解決してほしい。

 それまで王領南部の住民は、安眠できないに違いない……。

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