ダウティナ――閃光魔獣の蒼癬のこと

 蒼癬そうせんが発生したとのことで、ダウティナ牧場に往診した日。

 ついでに光量の弱まった鱗々灯りんりんとうも持っていく。


 王都に面する胡椒湾は、貿易船や水馬車がひしめきあうため、水棲魔獣牧場の多くは都から遠くに位置している。けれども小規模経営の牧場ならば、川を少し遡ったあたり、うちの医院の近郊にも二、三軒がある。


 今回の依頼はヌワラック水棲牧場の若い牧場主から。まだ二十代後半の彼は、最近祖父から家業を継いだ。

 患畜を診ていくと、確かに尻周辺の鱗に円状の色抜け班がポツポツある。どれも小指の先程度とはいえ、放置すればいずれ全身を覆うだろう。

 蒼癬は水を介して伝染するカビの一種である。魔法の発動に重要な鱗の内部構造を壊すので、抜け落ちた病鱗は商品にならず、生え変わりにも時がかかる。

 悪化して全身の三分の一が感染すれば、死の危険もある厄介な病だ。


 幸い、治療法は確立済。

 まず患畜を水から出し、乾いた砂を敷いた区画に隔離する。なるべく鱗の付け根まで水をよく拭きとってから、王檗おうばくの樹脂でモーリュの若葉を練った軟膏を、患部によく塗りこんでおく。

 養殖場の水は、念のためすべて交換するのがよい。


 ダウティナの扱いで困るのが、鱗の鋭さに加え、危険を感じると、のべつまくなし強烈な閃光を発する点だ。

 サングラスが必須とはいえ、黒硝子を通してしまうと色や形態異常が見分けにくい。単純に光が鬱陶しくもあり、診察が終わったあとはいつも目がちかちかする。

 野生下にあるダウティナが、浅瀬で波間の反射に擬態して、キラキラしているさまなどは美しいものらしいのだが……。


 ドファーラ南大陸の湿地帯生息の、この魔獣。実は、病原体は常に水中や鱗の隙間に潜んでおり、寄生主の体力低下によって活発化して病状が現れる。

 養殖槽の水温を尋ねてみると適温よりやや低く、その点について若い牧場主に管理強化を指示しておく。

 前の牧場主の急逝により、孫は苦労をしているようだ。他の牧場でも、よく行われている工夫として、飼料に豆かすを混ぜることもこっそり教えておいた。


 診療はともかく、若い牧場主の熱心さは好ましいものだった。

 彼が受け継いだダウティナの中には、貴族邸宅のシャンデリアに使われるような大型種も三頭おり、ふちの欠けで売れなくなった大鱗を安く譲ってもらう。

 早速、持参の鱗々灯を出し、熱源である炎獣鱗の隣に配置してみると、死にかけた蛍さながらだった灯りは燦然と輝いた。


 牧場主が、「これで先生の腕も上がりますね」と言うので、本当は書斎の灯りだったのだが、「そのとおり」と返答しておく。

「是非、うちの鱗と宣伝を」などとすかさず返したところをみると、お互い商売の売り込みには熱心なようである。

 笑いあって礼を言いあい、牧場を後にした。


 帰宅後もまだ目がちかちかしたが、書斎の照明と診察室の無影灯を、忘れぬうちに交換しておく。

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