グアンナ――天牛の見つけた宝物のこと

 副蹄ふくてい落としの依頼で、朝から三本松牧場へ。


 だがいくら呼んでも牧場主が現れない。広い牧場ではよくあることだ。

 対象の子牛たちは既に集められていたので、先に始めるべく牛舎へ入ると、そこで大量の牛糞を掻き返す牧場主と鉢合わせた。どうも失くし物をしたと言い、諦め顔で挨拶してきた。


 天牛グアンナは、ドファーラ大陸南部の乾燥地帯、大草原のサバンナが原産になる巨大牛だ。主蹄とやや長めの副蹄を使い、独特のリズムを踏んで地割れの魔法を起こす。

 これは肉食獣に対する防御であり、また多くの獣に踏み固められた硬い地面を掘り起こして、栄養豊富な草木の根を食べるための方法でもある。

 昔からの人との関わりでは、鉱脈掘りや石炭掘りが天牛を飼育し、のみや爆薬がわりにこの魔法を利用したということだ。近年は、その牛とも思えぬ繁殖力を活かして、肉牛としての飼育が盛んだ。赤身が多く臭みの少ない肉が健康的で美味だといって、貴族階級に人気が出ている。


 肉牛として群飼するなら、地割れの魔法は封じねばならない。そこで牧場では前脚二本の副蹄へ焼きごてを当て、伸長を止める処置をする。

 魔法を憶える前、また痛みをなるべく抑えるために、処置の時期は生後三ヶ月までが良いとされている。本当は四足全部の副蹄を焼くのが安全だが、二本でも充分魔法を封じられる。後脚は蹴られる危険があるので前脚を。仔牛といえども魔獣なのだ。当たりどころが悪ければ骨折もありうる。


 副蹄落としにしろ除角じょかくにしろ、嫌がらない仔牛はいない。

 牧場主と二人で大汗をかきつつ、何頭目の作業中だっただろうか──同期の仔のうちでも破格の大きさの雄一頭が、固定柵の中できわめつけの大暴れをした。

 我々は慌てて飛び退いたが、その仔は奮然と頭を上げると、驚いたことに、まだ憶えるはずもないあのステップを踏んだのだった。


 大音響と共に大地が割れ、頑丈な鉄柵が傾いで倒れた。そして唖然とする我々を尻目に、きかん坊の雄牛、さらには順番待ちでびくびくしていた未施術の子牛たちが、土煙をあげ猛然と放牧場へ逃げ出していった。


 さあ大変なことになった。あれを集めるのは一苦労だ。

 これはまた後日の往診になりそうだと、私はさぞ参っているであろう牧場主を振り向いた。しかし主は急に屈みこみ、地割れの溝をごそごそやっている。

 そこから彼が拾い上げたものは、牛糞に汚れた銀色の輪だ。五日前に失くしたという、大事な結婚指輪だった。


「いつ女房に見咎められるか、生きた心地もしなかったよ」


 大げさなことを言いながら、心配してやってきた奥さんとはもう四十年も連れ添っている。

 大惨事のわりにほっとしたようすの牧場主を残して、続きの作業は案の定、また後日となった。


 鉱石掘りの牛のように、みごと宝を探し当てた仔牛は、広い放牧地の彼方に駆け去り、今頃は母牛に乳をせがんでいることだろう。

 頑健そうなあの雄を、牧場主は種牛として育てるつもりになったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る