グアンナ――天牛の見つけた宝物のこと
だがいくら呼んでも牧場主が現れない。広い牧場ではよくあることだ。
対象の子牛たちは既に集められていたので、先に始めるべく牛舎へ入ると、そこで大量の牛糞を掻き返す牧場主と鉢合わせた。どうも失くし物をしたと言い、諦め顔で挨拶してきた。
これは肉食獣に対する防御であり、また多くの獣に踏み固められた硬い地面を掘り起こして、栄養豊富な草木の根を食べるための方法でもある。
昔からの人との関わりでは、鉱脈掘りや石炭掘りが天牛を飼育し、
肉牛として群飼するなら、地割れの魔法は封じねばならない。そこで牧場では前脚二本の副蹄へ焼きごてを当て、伸長を止める処置をする。
魔法を憶える前、また痛みをなるべく抑えるために、処置の時期は生後三ヶ月までが良いとされている。本当は四足全部の副蹄を焼くのが安全だが、二本でも充分魔法を封じられる。後脚は蹴られる危険があるので前脚を。仔牛といえども魔獣なのだ。当たりどころが悪ければ骨折もありうる。
副蹄落としにしろ
牧場主と二人で大汗をかきつつ、何頭目の作業中だっただろうか──同期の仔のうちでも破格の大きさの雄一頭が、固定柵の中できわめつけの大暴れをした。
我々は慌てて飛び退いたが、その仔は奮然と頭を上げると、驚いたことに、まだ憶えるはずもないあのステップを踏んだのだった。
大音響と共に大地が割れ、頑丈な鉄柵が傾いで倒れた。そして唖然とする我々を尻目に、きかん坊の雄牛、さらには順番待ちでびくびくしていた未施術の子牛たちが、土煙をあげ猛然と放牧場へ逃げ出していった。
さあ大変なことになった。あれを集めるのは一苦労だ。
これはまた後日の往診になりそうだと、私はさぞ参っているであろう牧場主を振り向いた。しかし主は急に屈みこみ、地割れの溝をごそごそやっている。
そこから彼が拾い上げたものは、牛糞に汚れた銀色の輪だ。五日前に失くしたという、大事な結婚指輪だった。
「いつ女房に見咎められるか、生きた心地もしなかったよ」
大げさなことを言いながら、心配してやってきた奥さんとはもう四十年も連れ添っている。
大惨事のわりにほっとしたようすの牧場主を残して、続きの作業は案の定、また後日となった。
鉱石掘りの牛のように、みごと宝を探し当てた仔牛は、広い放牧地の彼方に駆け去り、今頃は母牛に乳をせがんでいることだろう。
頑健そうなあの雄を、牧場主は種牛として育てるつもりになったようだ。
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