二体の霊

 咲南がつき当たりの部屋に入るのを見届けた直後、彰は嫌な気配を感じた。その子をよろしく、と言ったからには、咲南も気づいていたのだろう。


 この家に、霊は二体いる。一体は咲南の入った部屋にいて、おそらくそちらが恵の弟。そして今、急激に霊力を膨らませているのはーー以前この土地で自殺した、女の地縛霊だ。普段はもう少し大人しくしていたようだが、霊能力者が訪れたことで興奮しているのだろう。何をするか分からない状態だ。除霊時が危険なのはこのためだが、先ほど彰が恵と自分の周りに霊力のバリアを張ったため、この中にいれば安全だ。


「動かないでここにいて。大丈夫」


 彰は穏やかな口調で恵に話しかける。家族の中でも、恵だけ比較的霊感が強いのだろう。寒気を感じたのか不安そうに体を硬らせている。


「遊ぼうよ!」


 突然、子供の声が家中に響く。


「弟だわ!」


 恵が叫ぶ。


「立花さん、違う。これは・・・」


 彰は恐怖で崩れ落ちそうになる恵の体を支えた。


「この声はただの悪霊よ」


 ちょうど部屋から出てきた咲南が続ける。


 その瞬間、バリアのせいで彰と恵には近づけないと悟った地縛霊が、咲南の目の前に姿を現した。


 真っ赤な目に大きく裂けた口。それはもはや人間の姿ではなく、巨大なワニのような化け物だった。


「咲南っ・・・」


 彰は慌てて咲南の周りにもバリアを張ろうとする。


 が、その地縛霊は、一瞬にして咲南の目の前から消え去った。


「あれ、まだ除霊しないほうがよかった?」


 けろっとした表情で、咲南は手にしていたロザリオを首にかけ、ブラウスの内側にしまった。


「いや・・・なんでもない」


 安堵の息をつく彰。

 その横で、呆然と立ち尽くす恵の姿。


「どういうこと・・・?弟は・・・?」


「いるわよ」


 でも、と咲南は続ける。


「これまであなたが弟だと思っていたのは、さっきの悪霊。誘いにのっていたら今頃取り憑かれてたわね」


 咲南の言葉に衝撃を受け、両腕で肩を抱き体を震わせる恵。


「そんなことより、弟と話したいんでしょう。1分あげるから、さっさと言いたいこと言っちゃってくれる?」


 腕を組みながら、面倒臭そうに言う咲南。


「え、そんなこと、できるの?」


「できなきゃ言わないでしょ。はい、今から1分ね」


 状況を理解しきれない恵を待たずに、咲南は目を瞑った。


 数秒間の沈黙の後、目を開けた咲南はどことなくあどけない表情で呟いた。


「めぐちゃん・・・」


「健太・・・?健太なの・・・?」


 尋ねながらも、恵のことを「めぐちゃん」と呼ぶのは、弟しかいないため、恵は確信していた。


 一歩ずつ、咲南の方に近づいていく恵。


「健太、、私、ごめんね。健太が事故に遭う前、キツく叱っちゃって。あんな悪戯、大したことなかったのに・・」


 溢れる涙を拭うこともせず、恵はそのまま咲南に抱きついた。


「めぐちゃん、、僕も、あんなことしちゃってごめんね。嫌わないで」


「嫌わないよ・・・大好きだよ、健太」


「僕も・・・。ありがとう。さようなら、めぐちゃん」


 そう言い残すと、咲南はがっくりと項垂れて膝をついた。彰が急いで恵との間に入り支える。


「咲南。おい、咲南」


 仰向けにさせて声をかけると、ううん・・・と言いながら目を覚まし、咲南は不愉快そうに呟いた。


「やっぱり滅多にやるもんじゃないわね。あったま痛・・・」 

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