夜明け(未完)

「え?今日は一緒に遊べねーの?」


「うん!今日は用事があるんだ。佐伯んとこ!」


「あんな根暗にー?」


昼休みの教室。

ぶーぶーと文句を垂れる声を聞き流して、こっそり夜深のランドセルから抜き取った本を手に走った。

目指すは誰にも見つからない場所。ドッヂボールに勤しむ男子の間をすり抜けて、一目散に体育館の横の倉庫へと。ちらちらと誰も居ないことを確認して、その裏に入り込む。


「ふーん…、」


ペラペラと数ページ捲ってみれば、昨日教えてもらったような話が続いている。

宇宙を冒険する物語。夜深が好きそうだし、俺も好きだ。しかし今は読んでいる場合じゃない。昼休みのうちにこれを佐伯に返しに行かなきゃいけないんだから。

…ああ、


これからすることを思えば、口元が緩む。


俺はページを捲る手に力を込めた。そうして、軽く引っ張る。


ビリ、


ビリ、ビリ、ベリ、


じわりじわりとページを破る。


ベリッ!


最後は一息に破り捨てて、地面にそれを投げる。昨日の雨でぬかるんだ黒い土に、白いページが汚されていく。楽しくなって、足でそれを踏みにじった。


ざっと20ページほどか、もう少しあるかもしれない。どんな本も最後のページには結末が書かれているから読めないと悲しくなってしまう。読めなくした人が居るならきっと嫌いになるだろう。特に、貸した本がそうなって返ってきたら悲しくなるはずだ。この本には分類のバーコードが付いていないから、きっと佐伯本人のものに違いない。


「…早く返しに行ってあげなきゃネ」


十分に踏んづけたのでそれを放置して、俺は教室へと駆けて行った。





「佐伯さん、」


「えっ?ああ、…夜深くん?の方、よね」


ああほら、間違えた。

空想科学読本、と書かれた本から視線を上げて、佐伯は丸眼鏡を押し上げる。長髪が揺れる。

見かけは真面目そうで賢そう。だけど、きっとそのどちらでもないに違いない。だって俺と夜深を間違えるんだもん。コイツはバカに違いなかった。


「うん、俺は夜深だよ。この前借りた本すっごく面白かった」


夜深は可哀想だ。俺があの子の悪い噂を流すから友達がなかなかできないで、偶に困っている。その中で佐伯は、クラスで友達が少ないから、噂が伝わっていなかったんだろうな、と思う。そういう子は単体で潰すに限る。


俺はにっこりと微笑んで本を手渡した。


「ありがとう。また今度も貸してくれるよネ」


ううん、もう二度と貸さなくていいんだよ。


「…?うん、もちろん。こ、こっちこそありがとう、興味持ってくれて、嬉しかったの。放課後にでも、感想聞かせてくれたら嬉しいな、なんて…」


「あぁ、放課後は俺忙しいんだ」


今日は夜深を誘い出して早く帰らなきゃ。



別に俺は夜深を虐めたい訳じゃない。クラスの皆から夜深が白い目で見られるのは、副作用とか弊害に過ぎない。俺が本当にやりたいのは、それではなくて…許してもらうこと。

この頃は言語化できなかったけど、何となくそんな気がしてきた。


誰もが俺を許さない。

けれど夜深は許してくれる。

誰も俺を許さなくていい。

きっと夜深が許してくれるから。


悪いコの俺は、カミサマがくれた救済措置に甘えてたのかもしれない。これが弟なんて、気の毒だと思わないでもない。しかし生まれついた以上はこの形以外に有り得なかった。俺たちは若い蔦同士で、頼りなく絡み合っている。共に倒れるまで。

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