雑多

@donuts_07

夜明け(未完)

「ねー、昼間。」




「ねえっ、聞いてるの?」




「あはーっ!泣いてるや。どうして?」




「もしかして、コレのせい?」



ぶちっ。


髪の毛の抜ける音と共に、切断された頭部は持ち上げられる。「よいしょっと、」不器用な手つきでソレを抱えて此方へ見せるその笑顔は、何とも無邪気だった。反対に、重たいその頭に付いた二つの目は虚ろだ。瞼は眼球を半ばほど覆い隠しているが、その下からでも視線がどちらを向いているかが分かる。俺だ。


「死んじゃったネ。悲し?」


ニコニコ、ニコニコ。ああ、どうしてこの子はこんなにも楽しげなんだろう。


「でもね、何も悲しむことなんてないよ」


にぃっと笑った二つの瞳の瞳孔の、そのまた奥が開く。


「俺は夜深で、夜深は昼間で、昼間は俺なんだから!」


三つの同じ顔は、同時に言葉を呟いた。


「え?」


そのとき俺は、何処に居るんだっけ?

誰が俺なんだっけ?






抱きかかえられて随分低くなった視界を眺めながら、


重たい頭を持った俺は、


一人手ぶらで呆然と目の前の存在を見つめていた。










「………!!!」


目が覚めた。ガバッと勢いよく起き上がって首を数回振れば視界は一つ。数瞬遅れて夢であることを知覚する。

隣を見ると、すやすや寝ている夜深。頭は無事。

下を見ると、掛け布団と手錠。道理で身体を起こすとき腹を使った訳だ。


手錠と、双子の兄。交互に見遣りながら思考は違うところに飛んでいた。起こさないように気をつけながらそっと爪先からベッドを降りると、床が冷たい。


忍び足で数歩、扉を開けて数歩、玄関扉を開けて…広がるは夜。


月が無いのが残念だ。


夜の匂いを吸い込んで幾分か冷静になった。冷静になって、駆け出したくなる。


今日のような暗い夜は街明かりが輝くから、高いビルに登って走り回りたい。俺の身体は小さいけれど、それは世界を大きく感じる為。疲れを知らないこの足は、何処までだって走っていける…。


チャリ、と手錠が音を立てた。


俺はそっと扉を閉める。今は外に行かない方がいい。夜深に心配をかけてしまうし、それに……それに。

もう、夜深と遊べない。









「次のニュースです。本日午後六時頃、○○県××市の動物病院が襲われました。病院内の人間や動物達はすべて殺害されており、警察はこの前起きた警察署襲撃事件と同一犯として行方をおっています。また、警察署襲撃事件の生き残りであるS・Yさんにも再度事情聴取を──」


────ザザッ


「そ、速報です!つい先程、×△放送局で大量虐殺が行われたというニュースが入りました!犯人は生放送中に現れたようで、『桜衣夜深』と名乗った方です。近隣住民の皆さんは最大級の警戒を怠らないでください!」


「次のニュースです。本日午前八時頃、○○県××市の漫画喫茶が襲われました。生存者はおらず、死者は93人とされています。例の大量虐殺事件に関係があるとして、警察は───」






誤解と報道。

数年間続いてきた長い長い鬼ごっこと隠れんぼを壊すには、この二つの言葉で十分だった。


俺たちと全く同じ姿をした存在…つかさが、俺たちの名前を名乗りながら人を殺して回った。結果として夜深は職場や社会的信用を失い、世間では世界最大規模の殺戮の犯人として指名手配されている。

俺は犯罪者仲間やファンを失った。夜深に比べれば何とも些細だ。あの子が失ったものは、俺が怪盗を始める時に捨てたものばかりなのだから当然か。元から犯罪者なのだから。


身に覚えのない事件の報道が為されてからの行動は速かった。その晩のうちに夜逃げ。

今は俺の隠れ家で一緒に寝泊まりしている。ここには人を入れたことがないから、見つかる可能性は限りなく低い。俺の大事に温めていた犯罪計画書は国家のワンコに見つかってしまったが。


戻ってきて改めて見回すと、この家は随分と狭い。

机上にばらまいたみたいな大量の用紙、飲みかけのオレンジジュース。並べた偽名刺と偽パスポート、複数台のスマホからひっきりなしに通知。作りかけの小道具とクローゼットから溢れ出た老若男女のお洋服が、通り道を圧迫している。それに加えて漫画本や推理小説がそこら中に投げ捨てられていた。


狭い。


一人で過ごしているとそんな風には思わなかった。寧ろやたら広く感じたから、物をたくさん置いて誤魔化していたのに。

のーまるってば太いネ!なんて言ってからかってやるのも違う。ちゃんと理由は分かっている。



この狭さは、夜深が近いからだ。



俺の距離の中心はいつだってあの子。夜深がすぐ近くに居るから部屋が狭く思えたんだ。

じゃあ俺が世界を広いと感じていたのも、外へ駆けていけば夜深との距離が離れるからか。


そう思うと急に寂しくなってきて、ベッドに入るともぞもぞと布団に潜り込んだ。手錠で拘束された手は何とも動かしづらい。こうして世界はますます狭くなる。布団をかければ、もっと狭くなる。




小さい頃からずっと一緒だった。

俺たちは双子だから一緒に寝ている。俺たちは双子だから生きている。俺たちは双子だから一緒に遊ぶ。俺たちは双子だから慰め合う。俺たちは双子だから笑い合う。俺たちは双子だから…


双子は、二人で一人。

いつも一緒。そういうものだ。



そういうものだから、俺は怪盗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る