1.VSミズバショウ型

「ターナーァァァァァァァッ!! なにボサッとしてんだヨ! 死にてェのカ!?」


 はっと息を呑んだ。意識が覚醒すると同時に、状況を把握するため脳がフルスロットルで稼働する。


 硝煙の匂い。そこら中に飛散したツタや葉っぱの残骸。炎に灼かれる花。不格好に折れた枝木の数々。そういうものが散らばる地面で、同じようにして転がっている自分。右手には、相棒の突撃銃が握られている。そう、AK-47という頼もしい相棒が。


 全身に鈍い痛みを感じてはいるが、まだ動ける。


「勘弁してくれよターナー!! 戦場のド真ん中でおねんねカ!? よほどママのおっぱいが恋しいらしイ!」


「やかましいぞ、ボブ!! そっちこそ弾幕薄いんじゃねェのか!? さっきから捌ききれてねぇぞ!」


「ウルセェナ! まだ昨日のサケが抜けテねぇんだヨ!!」


「だから俺は飲みすぎるなって言ったんだ! ウイスキーの瓶を五つも空にしやがって!!」


「だってヨ、飲まなきゃヤッテらんねェゼ!!」


「気持ちは分かるがな――うぉっと!!」


 上空から叩きつけられたが、先ほどまで俺の横たわっていた地面に激突する。地面には、ツタの形をした巨大なクレーターが出来上がっていた。


「冗談キツイぜ。どんな重機使ったってああはならねぇぞ」


 少しでも回避が遅れていたら、ペシャンコにされていたところだ。

 俺は冷静さを取り戻すために、今置かれている現状を一つずつ思い出した。


 西暦3625年。俺たち人類は、植物と戦っていた。


 ある日、“終末のダンデライオン”と呼ばれる超常現象が世界中で突如発生した。

 最初は田園地帯が花や植物で埋め尽くされた。徐々に街が緑に喰われていた。最後に、各国の主要都市が植物に占領された。

 災害植物ディザスタープランツ。それは、瞬く間に世界を飲み込んで、文明は一時、崩壊の危機に陥った。


 そこで国連はPCA(Plant Countermeasure Agency物対策局)を結成し、氾濫する植物を駆逐するために特殊工作員を各地に派遣した。


 しかし効果は思わしくなく、日本を中心としたアジア列島は既に植物の支配下にある――文字通り、文明の上に大輪の花が割いている状態で、生存者は絶望的ということだ。

 俺とボブは、この状況を覆すために日本に派遣されたPCAなのだが――部隊はすでに壊滅。

 二人でどうにか逃げ延びながら戦っているという状況だ。


「それにしてもツイてねぇ……残ったのがこのアル中だけとは……!」


「聞こえてんだヨ、ターナー!」


「うるせぇ! 喋ってる暇があんなら撃ちまくれ!」


 文句を言ったところで状況は変わらない。こうしている間にもツタは虎視眈々と俺たちの動きを感知し、飛びかかる機会を伺っている。


 俺は地面を転がりながら突撃銃――言わずと知れた名銃、AK-47のトリガーを引いた。放たれた無数の弾丸はツタに命中して、小気味のいい音を立てながら爆散する。ひとまず、こっちの方はクリアだろう。


「ボブ!! 射撃の速度が遅せぇ!! 死にてぇのか!!」


「見りゃ分かるダロ、リロードしてんだヨ!! ファック!! 三秒撃ったら弾ギレするポンコツがヨ!」


「ポンコツはテメーの方だハゲ!! AK-47は名銃だ!」


「そりゃ二千年近く前ノ話ダぜ、ベイビーwww アア~、現代科学の最高傑作オートマチックレールガンが恋しいゼ……」


「! ボブ! 後ろだ!」


 咄嗟の注意も虚しく、九時の方向から突如襲い掛かってきたツタに、ボブは為す術なく吹き飛ばされてしまう!


「オワァアァァァァァァーーーーーーーッッッ!!!!」


「バカ野郎! 油断しやがって……!」


 薙ぎ返しのツタがこちらに襲い掛かってくるが、咄嗟にしゃがみこんでギリギリ回避を成功させる。安堵するよりも早くトリガーを引く。弾丸は緑色のツタに食い込んで、瞬く間に弾け飛んだ。

 対植物用炸裂弾――葉緑素に反応して爆発するという特殊な弾丸だ。そして今や、俺を護る唯一無二の女神と言ってもいい。

 だが、女神の微笑みもどうやら無償タダとはいかないようだ。


「弾倉が尽きやがったか……!」


 こうなっては、女神の加護もクソもない。俺はAK-47を放り捨て、腰からヒーターナイフを取り出した。これも葉緑素に反応して勝手に発火するというファンタジーめいた代物だが、実戦でこの化物に使った試しは無い。


「だが、やるしかない……!」


 俺は迫りくるツタをかいくぐり、前へ、前へと進んだ。とにかく先に進んでいけば、このツタの主が鎮座しているはず。

 ――ならばそこを叩く。

 無限ともいえる物量で襲い掛かってくるツタを、いちいち相手になどしていられない。


 一体どれだけ、迫りくるツタを切断しては前進を繰り返しただろう。

 気が付けば俺は、倒壊したビルの中に迷いこんだらしく、ガレキや割れたガラスの中にぽつんと咲くように、ツタの主は鎮座していた。


「ミズバショウ型……しかもかなり成長している」


 ザゼンソウに似た大きな花弁が、まるで仏像の光背のように、一人の人間を包み込んでいる。それは遠い昔に絵本で見た、ティターニアを彷彿とさせる美しい女性だった。ぞっとするほど整った容姿も、綺麗に透き通った髪も、柔らかい胸のふくらみも、どこからどう見たって人間の美女そのものだ。


 だが、敵だ。

 敵であれば、殺すしかない。


(問題ない……俺は何度も災害植物を仕留めてきた。獲物こそ違うが、今回も同じことをするだけだ)


 ミズバショウ型は澄み切った視線で俺を見つめていた。見惚れるほどに美しい瞳だったが、彼女を取りまくツタはいよいよ俺を敵と認めたらしく、うねうねと威嚇するように蠢いていた。


「くたばりやがれ! この化物がァァァァァ!!!」


 一喝と共に地面を蹴る。このまま迅速にミズバショウ型の喉元を掻き切り、作戦の終了とする。長期戦になれば勝ち目はない。

 先手必勝、一撃必殺。ナイフ一本で戦うならば、それしかない。


 だが――


「――なにッ!?」


 一瞬、まるで金縛りにでもあったかのように足が動かなくなった。見ると、足元には無数のイバラが絡みついていた。


「植物風情が……小癪な真似を……!」


 ――やられた。コイツ、今までずっとツタを使って攻撃してきたのは、この奇襲を成功させるためか。

 俺の意識をツタに集中させて――文字通り、イバラで足元を絡めとるために。

 もしそこまで考えているのだとしたら、俺はまんまと策略に乗せられたことになる。


「ウフ……ウフ……ウフフフ……」


 ミズバショウ型が、笑った。それは口元から発せられた声ではない。

 腹が、裂けて。

 そこにもう一つの口が、ぱっかりと口を開けて。


「ウフ……ウフ……アハハ、アハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


 口内に生えそろった無数の鋭いトゲが、嬌声の振動でぶるぶると揺れる。


 ああ――俺は今からアレに食われるのだ。

 そう思うと、背筋が凍り付いた。


 もはやこれまで――そう思った瞬間だった。


「Modem talking~~♪ modern walking~~♪  in the streets~~♪」


 調子外れな、Running In The 90'sが聞こえてきたのは。


「待チわびたカ? ロビン・フッドのお出ましをダアァァァァァ!!」


「ボブ……! 生きてやがったのか!」


 廃ビルの天井をブチ破りながら、ボブが俺の目の前に着地する! ハゲ散らかした頭頂部とサングラスに陽光が反射し、眩い光を輝かせた。


「ハッハー! オレゴン生まれ、世田谷育ちを舐めテもらっちゃ困るナ! そしてそれだけジャアねェ!! 今日は特別ゲストも来テいるゼ!!」


「お……お前! そいつは……!」


「都合よく吹っ飛ばされた先に兵站へいたんボックスの残骸が転がっててナァ! さァ、遠からん者は近コウ寄レ、近くに寄ったら耳の穴かっぽじってよォく聞きナ!」


 ボブは肩に担いだ長槍のような銃器を掲げて、太陽のように笑った。


「こいつが俺の物語!! RPG-7……ロケットランチャーだゼッッ!!」


 パシュン、という空気の放出される音が響いたかと思うと、擲弾てきだんあやまたずミズバショウ型の口に吸い込まれた。

 

  この時、イバラに囚われていたのが足だけでよかったと、心から思う。

  何故なら――両手が空いていなければ、耳を塞げなかったからだ。


 その瞬間、少なくとも三つのものが同時に訪れた。すなわち、爆音、爆風、衝撃波――である。地面に伏して、耳を塞ぐのが少しでも遅れていれば、俺もその衝撃をモロに喰らっていたことだろう。


 その爆心地にいたミズバショウ型がどうなったかは、言わずもがなである。


 中枢根幹を失ったツタたちは、ぼろぼろと零れるように地面にこうべを垂れた。

 かつてミズバショウ型のいた場所では、まだ残り火が燻っていた。


「ヒャーーーハーーーー!!! 最高にアツい一撃だったナ!? まぁ世田谷の夏には負けるがナ!!! ハハハ!! ナイス世田谷ジョーク!!」


「まぁ、今回は素直に助かったと言っておこう。……で、ボブ。ひとつだけ聞かせて欲しいんだが」


「アア、相棒! 今日の俺はすべてのリプライを解放してるゼ!」


「兵站に入ってた酒、どんだけ飲んだ?」


「全部に決まってんだろうがヨ!!」


「ああ、どうりで酒臭いと思ったよ!」


 前言撤回。

 本当にこんな調子で、作戦を遂行できるのだろうか?


 





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