アルストロメリアの徒花

神崎 ひなた

プロローグ 終末のダンデライオン

 はらはらと、粉雪の舞い散る空だった。辺りは一面白の世界で、かと思えば俺の横たわる地面だけが真っ赤に染まっていた。錆びた匂いが鼻孔を突く。よく嗅ぎ慣れた匂いだった。同時に、それが自分の血であることに気が付く。


 一体、ここで俺はなにをしていたのだったか。記憶の断片が一つずつ、とりとめもなく浮かんでは儚く消える。


 粉雪がふわりと、優しい感触を伴って頬に落ちた。こんなにも雪を暖かく感じるなんて、とうとう体が馬鹿になったのかもしれない。


 しかし、そうではなかった。世界を埋め尽くす白は、雪などではない。

 綿毛だったのだ。


 ああ、そうか。だんだん思い出してきた。

 背中が燃えるように熱いのは、ナイフを突き刺されたからだ。


 俺は背後から彼女に襲われたのだ。


「なぜだ……なぜ裏切った、メリア……」


「うふふ、驚いた。私をまだ、その名前で呼んでくれるなんて」


 耳が溶けるような甘い声。視界を埋め尽くす白い綿毛の向こう側で、ビビットピンクの髪が妖艶に揺れる。露出の多い白衣を改造したドレスからは、乳白色の柔らかい肌が覗いている。

 彼女は寂しそうに肩をすくめた。


「ターナー。もっと早く貴方のような人に出会えていれば、私も変われたかもしれない。でも、そうはならなかった。そうはならなかったのよ」


「何を……何を言っている……人間が変わるのに遅いことなどあるものか……今からでも遅くない……メリア」


「ごめんなさい、ターナー。もう種子は飛んでしまった。だから、私のことは忘れてね」


 彼女はゆっくり俺のところに近づくと、そっと何かを顔の傍に落とした。

 それは、アルストロメリアの花で作られたブローチだった。


「さよなら、ターナー。この広い世界で、もう出会うことは無いでしょう」


 ゆっくりと綿毛を踏みしめる音と共に、彼女が遠ざかっていく。俺は何事かを言おうとしたが、声にならなかった。また夢が、俺をどこかに連れ去ろうとする。


 或いは、今この瞬間こそが夢なのか。

 ――もう、どちらでもいい。


 願わくば、ずっと目覚めないほど長い夢であってほしい。

 そう思った。


 




 

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