2.戦う理由

 実際、ボブの手際は見事だった。あの吹っ飛ばされた局面で兵站へいたんボックスの残骸を見つけた幸運にしても、武器、弾倉、ましてや運送車両すらも即興で修理してしまうというのだから、腐ってもPCAに抜擢されるだけはある。


(あとは、酒癖さえ悪くなきゃ文句なしなんだが……)


 ミズバショウ型を仕留めた廃ビルで野営をしているのだが、ボブはずっと酩酊状態でまともな言葉を話していない。いや、元からまともな言葉など話していないのだが。


「ターナーはヨォー、どうしてまたPCAの兵士になって志願したんダ?」


「どうして、か……」


 すっかり呂律が回っていないが、その質問は真剣味を帯びているようだった。だからつい、俺も本気で答えてしまった。


「因縁、というべきかな。或いは運命か」


「と言うト?」


「知ってるだろ、俺がPCAに来る前になんて呼ばれてたか」


「アア、確かPCAの前身組織で番犬をしてたんダヨナ? そう――“狂犬ターナーハウンドドッグ”って二つ名だ! イカスよナ!」


「そうだ。しかし、それよりも前の話がある。思い出せば思い出すほど、実際ロクデナシだったよ。自ら好んで紛争地域に入り浸って、戦争紛いの日常を楽しんでたんだからな」


 俺はどうやら、元来戦いを求める性質たちだったらしい。日本という国の平和な国に生まれたにも関わらず、そこで起こる日常の全てが信じられなかった。


 羽田空港で平和と縁を切ったのは、二十歳のことだった。


 それ以来、中東の紛争地域でゲリラ部隊に交じり、乱痴気に銃を撃つ日々に明け暮れてた。

 銃の扱い、地雷の避け方、戦闘民族とのコミュニケーション――生きるために覚えることは多かった。

 そういった苦労を抜きにしても、闘争の日々は俺に確かな充足感を与えてくれた。生きる活力、とでもいうのかな。


 そのような日々が何年か過ぎ、いよいよクズとして生きるのに慣れてきた時、俺は一人の女と出会った。


 アルストロメリア・フローレス。白衣に身を包んだ、俺と同世代の女性はそう名乗った。


「ヘェ。ソイツはまたロマンチックな出会いジャねぇカ?」


「そうでもない。なんせその時、俺は彼女の護送兵団を全員ブッ殺した直前だったいからな」


「ハッハハァ!! コイツは傑作だナ!! まぁオレゴンじゃあさして珍しい話でもないがな!!」


「そうだな。紛争地帯では決して珍しい話じゃない。救護兵が護送兵団ごとゲリラに襲撃されて孤立する、なんてのはな。ただ、彼女は救護兵でもなければ、勿論武装ゲリラの増援でもなかった。彼女は科学者だったんだよ」


「科学者ダァ? あの頭ヘンテコリンな人種カヨ?」


「その通りさボブ。彼女も、植物で世界が救えるだなんて本気で考えてる奇妙な奴だったよ」


 奇妙なことは続くもので、彼女はどうやら研究の最中にゲリラの連中に誘拐されていたらしかった。つまり、俺は意図せずして彼女を救った形になる。


 それから――紆余曲折の末に、俺は紛争生活と縁を切り、彼女に付き従うようになった。

 そして行く末の先々で、紛争地帯で得た知識を元に、彼女の障害を払う一個の兵士として戦った。ある時は国家機密の情報を得るために正規軍と一戦交えたり、資金を調達するために銀行を爆破したこともある。


「彼女はどうやら人間の新しい可能性として、植物と一体化することを掲げていたらしい。最も、俺がそのことに気が付いたのは最後の最後だったがな……」


「アア……思い出しタゼ。彼女、アルストロメリア植物学団の創始者カ。なんデモ、少子高齢化で生産効率が落ちた人類のタメに、することを提唱してタ変人ダ。まさかその創設にオ前が関わッテたとはナ」


「意外だろう?」


 と俺は自嘲ぎみに笑った。ボブは笑わなかった。


「とスルト……オ前まさか、“終末のダンデライオン”を引き起こした張本人カ?」


「それは違う。言っただろう? 俺が彼女の思惑を知ったのは、最後の最後だったって」


 世界に種子をばらまこうとする集団の動きが見られる、と植物学団に連絡が入ったのは、国連からだった。

 俺とアルストロメリアは国連から借用した軍隊を率い、その集団の鎮圧と“終末のダンデライオン”を阻止するために作戦を決行したのだが――結果は、今の世界を見ての通りだ。


「終末のダンデライオンを引き起こした張本人こそが彼女で、俺は何も知らない番犬に過ぎなかった。最初から、最後までな……」


「そうカ。ターナー、それがお前の戦う理由だったんだナ」


「勘違いするなよ。別に、過去の過ちを正そうとしているわけじゃない。俺はただ、彼女にもう一度会って、その真意を確かめたいだけなんだ……」


 彼女が目的を達成したあの時、俺はすでに用済みだったはずだった。であれば、既に様々な情報を知りすぎている俺は、消しておくに越したことは無いはずだ。

 なのに、どうして俺を生かしたままにしたのか。


 アルストロメリアのブローチ。

 その意味を、俺は今でも確かめられずにいる。


「なら、ここにアルストロメリア嬢のいる可能性は高いな。何たって、ここニホンはとにかく植物の氾濫がエゲツナイ地域だからナ」


「ああ。俺もそう思ってる。だから今回は特に気合を入れていたんだが……早々に部隊は壊滅して、残ったメンバーはアル中だけだ。笑えるだろ?」


「ハッハハハハハァ!!! ソイツは笑える話だゼ!!!!」


 ボブは快活に笑いながら、ウイスキーを飲みほした。空の瓶を放り投げて、また快活に笑う。


「お前はどうなんだ、ボブ。戦う理由ってのは、あるのかい」


「俺カ? まァ、一番は稼ぎがイイからって事に尽きるガ……二番目くらいには、生まれ育った場所を取り戻しタイってのはあるんだろうナ。世田谷は俺の、魂の故郷だからナ」


「思い出の場所が、もう戻ってこないとしてもか?」


 日本――この国は既に、植物に支配されている。ボブが生まれ育ったという、世田谷の街並みにも大輪の花が咲き誇っているだろう。


「ハハ、だから二番目くらいって言ったダロ。俺は酒飲んでェ、RPGでもブッ放してりゃそれで御の字サ」


 そう言うなり、ボブは急に倒れこんで眠ってしまった。なんというか、自由な奴だと思う。こいつを見ていると、細かい話などどうでもよくなってしまう。


「まぁ、なんとかなるだろうさ」


 幸い、ボブのおかげで今後の戦闘も問題なく乗り切れるだけの兵站へいたんと車両は確保している。衛星通信も生きているし、本営には状況を連絡している。増援の手配までしてくれるとは思わないが――支援物資くらいはどうにかして送ってくるだろう。


 少なくとも、その間はなんとか生き延びればいい。

 静かに眠気が、すっと夜の廃ビルに意識が吸い込まれていく。


「心配しなくても、お前ひとりくらいは護ってやるサ」


 そんなボブの一人ごとは、寝言だったのか、それとも俺の聞き違いだったのか。


 分からないが、その日はぐっすりと眠れた気がする。


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