十八
ことコンピューターにかけてはまったく負ける気はしない。拓海の人生の倍の歳月をコンピューターやネットと過ごしてきたし、濃度も比較にならない。
週刊誌は五誌以上、月刊誌は十誌以上を購読し――本当に読む価値のあるものは案外少ないものだ――常に情報を更新。七〇年代から今日にいたるまで、膨大な数のメーカー・シリーズ・機種・パーツ・規格を把握している。
店長をはじめ、どの店員よりも知識量は豊富で、競合他社も含め関東エリアで自分よりハードウェアに詳しいショップ店員はいないと断言できる。
だが、対人スキルに関してはまったく拓海におよばなかった。
千田は、拓海の三倍近く生きながら、人間関係の築きかたがいまひとつわからないでいる。職場では客・上司・同僚・後輩と、あらゆる立場の者を意図せず不愉快にさせ、あるいは怒らせ、あるいは嫌われる。業務でさえ敬遠されやすく、ましてプライベートでのつきあいは皆無。仕事から離れれば人との交流はないに等しい。
接客業が向いていないならと、プログラマー・SE・サポートセンターと転々としてみたものの、IT関連は案外、高いコミュニケーション能力を要するもので、ことごとく挫折。消去法で、ITスキルのうちでも一番の強みであるハードウェア方面を活かせる、PCショップへ戻るにいたる。
そんな千田に、拓海の登場は鮮烈だった。
ろくに敬語が使えない、PCの知識も素人同然、おまけにバカ。
なぜPCショップで働こうと思ったのか、というか採用されたのかさっぱりわからず、早々に辞めるであろうと千田は踏んでいた。
が、拓海は一週間とかからず店舗の全員と打ち解け、瞬く間に確固たる
LINE・メールアドレス・電話番号にいたるまですべてを全員と交換し――もちろんそのなかに千田も含まれていた――職場では談笑し、退勤後には食事やカラオケへ行った。仕事がらそのような行動的な関わりに苦手意識を持つ者も少なくなかったが――もちろんそのなかに千田も含まれていた――拓海は無理なく自然に誘い出す。
仕事はあいかわらずいいかげんで、覚える気もなさそうなわりにちゃっかりいつく拓海に、千田は、
酔ってべろべろの拓海は、意外とムズいな、とおしぼりを折り紙にし遊んでいる。
ビールで黄ばんだそれと格闘する彼に、千田はひとつの疑問をいだく。
――なぜ、こんなちゃらんぽらんが、わざわざPCR検査を個人的に受けるのだろう。
会社の指示で検査は定期的に受けている。もちろん費用は会社負担だ。あえて休みを取ってまで個別に行く必要がない。人生ナメきってるこの男ならなおのことありえない。
枝豆を押し出しながら尋ねた千田に、拓海はおぼつかない手つきと口調で言う。「博さんがさー、受けなきゃバブル連れてかねーぞってうるさいんだよ」
バブル? 泡――
折り鶴を折ろうとしているらしい拓海の返答に、千田は違和感をおぼえた。
拓海はこう見えて、今どきの若者らしく草食系だ。
以前、千田はがらにもなく、給料日ごとに通っている店へ拓海を誘ってみたことがあった。そのときの彼は、
『うわあ、哲也さん引くわー』
無遠慮に笑い飛ばし『それよりゲーセン行こうぜ』と逆に千田を、西区と中区にまたがる密集地で連れまわした。
所属するバンドグループでギター担当の拓海は、楽器を模したゲームを中心に際限なくプレイ。一方の千田は反射神経が皆無で、ゲームはもっぱら自宅でRPG等をたしなむタイプだ。財布から硬貨と紙幣がみるみるうちに消え閉口する
――俺たちの世代がこいつぐらいの
釈然としない千田に、拓海は、したたかに酔って普段以上に滑りやすくなった口から、意味深長の酔言をたれ流す。
「バブルでさ、コロナ流行させたら、リアルに世界が核の炎に包まれてヒャッハーだぞ、つって、自腹でPCR行けって――おっと、やべ」
博さんに口止めされてたんだっけ、と拓海は自身の頬をぴしゃぴしゃ叩いた。アルコールで染まったその赤みが、心なしか色を失ったように見えた。
手裏剣の作りかたどうだっけ、とせわしなくおしぼりをもてあそぶ彼を、千田は、じっと見つめる。
おもむろにグラスを手にすると、少しぬるんだビールをプリン体もかまわず一気にあおり、喉に落とした。
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