酒と秘密とどこでもバックドア
十七
「いやぁー、シフト交代してもらってマジサンキュな、
PCR検査の予約、こんなクソ取りにくいとか思わねーし、と拓海の傾けた瓶から、黄金色の飲料が盛大に流れ出た。直接降りかかるのとグラスからあふれたビールで「ストップ! ストップ、二葉!」手とテーブルがびしょびしょになる。これで三度目だ。
悪り悪り、と赤ら顔の青年は露ほども思ってなさげに陽気な声をはりあげる。「おにーさん、おしぼり五枚ぐらい持ってきてー!」
バカ騒ぎする若い連れに、
とはいえ、仕事帰りにふたりで寄った西口五番街の行きつけの居酒屋は五分五分の入り。新型コロナウイルスの影響による営業自粛要請が解除され、飲食店への客足が戻りつつあるが、横浜の繁華街、平日夜の光景としては少々寂しげだ。
千田は内心で独白しながら、店員から差し出された冷たいおしぼりを無愛想に受け取り、手を拭った。一方の金髪頭は、おにーさん何度も悪りーな、と上機嫌だ。
いったい、いつまでこのコロナ騒動は続くのか。
三十年前のときは、喪が明けるまでとおおよそのめどがついたし、休業だ休校だと大騒ぎすることもなかった。しょせん、日本国内のみの話だった。
いったい誰が想像しただろう。次に元号が変わる際には先代が存命で、代わりにその翌年は世界レベルで自粛
このごろ、コロナのあおりによる解雇の話題をたびたび目にする。
勤務先のPCショップも、シフトや配属店舗の調整が少しずつ広がっている。全国規模で展開する企業なので今日明日すぐにということはなさそうだが、先月までは何人か来ていた派遣が、今月のシフト表にはひとりも名前がなかった。派遣切りの次はバイト、その次は社員――
「
でもそれで高円寺店だかでクビになった奴いるらしいしなあ、と不まじめなアルバイトは、テーブルの向かいで箸先のホッケをつつきとりとめなくしゃべる。
「横浜とかけてタテ浜と解くっ、その心はっ――鎧浜や兜浜もあるでしょう、あはははははっ」
――まあ、なにも考えずに生きてるみたいだしな。
しかし自分も、愚にもつかないことを言ってはけらけら笑う拓海となぜつるんでいるのだろう。
少々うんざり気味に千田はウーロン茶をあおる。手もとには拓海が無駄になみなみとついだグラスがあるが、自分はあまり飲めるほうではない。彼の父親ぐらいの年齢にもなるとプリン体などいろいろ気になったりするのだ。
若いときは痩せすぎなくらい細かったのに、今では腹まわりが中肉中背の範囲とベルトをはみ出しかけている。
悪い奴ではない。
よくも悪くも人見知りというものを知らず、むやみやたらと距離をつめてくる。油断すると客に対してもタメ口で冷や汗をかくが、不思議と許されるキャラクターだ。特に、自分も含めた大きく年の離れた年齢層からかわいがられる。
酒が入るとややめんどくさいきらいはあるものの、はめの外しかたが絶妙のさじ加減で、怒られる・怒らせるぎりぎりを攻めてくる。なにも考えてなさそうで、その実、したたかに計算高「早口言葉っ。大統領、中統りょる、小ちょうりょりゅ、って言えねえじゃねえかバカヤロウ」……やっぱりなんにも考えていないただのバカだろうな。
千田はしかし、そのただのバカが密かにうらやましかった。
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