第三幕
三、神田蝋燭町学者問答の場
八五郎 「御免下せぇ、松岡明徳先生はいらっしゃいますかえ?至誠堂の手習師匠、高橋忠之進先生からの御紹介でやって参りやしたぁ。神田竪大工町は大工の八五郎といいやす。御免下せぇ」
国学者 「何じゃ何じゃ、騒々しい。用があって呼ぶのはよいが、無闇矢鱈に玄関先で大声を出すでない。とにかく上がれ」
八五郎 「へぇ、では失礼しやす」
国学者 「して、一体何用で我が邸まで参ったのだ?」
八五郎 「イヤァ、用事というのは他でもねぇ、はるばる参ったのは、とある質問を携えてきたんです。お弟子さんの手習師匠じゃあ、どうも頼りにならねぇもんで」
国学者 「ほう、なんじゃ?」
八五郎 「質問てぇのは、ズバリご高家は品川様の御家の、ご先祖様が一体どなた様かってことですぁ。お分かりになりますかね?」
国学者 「ゴコウケ、ゴコウケ・・・」
八五郎 「コケ、コケ」
国学者 「何の真似じゃ?」
八五郎 「イヤッ何でもありません」
国学者 「ご高家のことか。ご高家旗本品川氏の濫觴はこれ、御上の開闢より以前、足利時代に求められよう。かの父祖は花の御所より守護職を賜り、三河・駿河に領国を有したり。とこうするうちに、世は忽ち戦国の乱世、諸国に群雄数多割拠して明け暮れ干戈を交え、生か、然らずんば死かの修羅の衢」
八五郎 「ベベン、ベンベン」
国学者 「講釈ではござらぬ、静かにしろ」
八五郎 「ハイ・・・・」
国学者 「『信長公記』の一の巻によるとだ(ト巻物をめくる動作にて)
『信長御入洛十余日の内に五畿内隣国仰せ付けられ征夷将軍に備へらるゝの事
八月七日江州佐和山へ信長御出でなされ、上意の御使に使者を相副へられ、佐々木左京大夫承禎御入洛の路次人質を出だし馳走侯への旨、七ケ日御逗留侯て様々仰せ含めらる御本意一途の上天下の所司代に申付げらるべく御堅約侯と雖も許容能はず是非に及ばず』〉
八五郎 「ベベン」
国学者 「・・・(ト睨みを利かせて八五郎を止めさせる)」
八五郎 「・・・(恐縮して黙る)
で・・・品川様の方は?」
国学者 「何じゃ、聞いておらんかったのか、怪しからん。せむ方ない、もう一度読んでつかわそう。今度は聞き漏らすでないぞ」
八五郎 「もう御免ですぁ、ありがとうごぜえやしたァ」
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