第二幕

二、手習師匠問答の場


八五郎 「えぇと、辻角の手習師匠・・・。おっ、『手習指南 至誠堂 松岡明徳先生門人高橋忠之進』・・・ここだ、ここだ。ご免下さぁい、先生―、近所の長屋から八五郎がやってきましたぁ」

手習師匠 「ハイハイ、何かご用ですかな?これはこれは、八五郎さん。あなたの悪名・・・いや御高名は、よく存じ上げておりますよ。今子供達の素読の最中ですから、あまり手が放せんのですがな」

八五郎 「マァマァ、こっちは先生のご尊学を頼りに来たのですから、少しの間お時間を下せぇな」

手習師匠 「ははは、それでは、本当に少しの間なら、宜しいですよ。何でしょうかな?」

八五郎 「他でもねぇ、ご高家に関してなんですがね」

手習師匠 「はて、ゴコウケ、ゴコウケ、コウケ・・・」

八五郎 「コケ、コケ(面白がって誘導しようとする)」

手習師匠 「・・・ああ、ご高家旗本様ですか」

八五郎 「やっぱり大家とは違いますやぁ」

手習師匠 「何の話ですか?」

八五郎 「いや、こっちの話、何でもねぇです。そのご高家は品川様について、ご先祖様を知りてぇのです」

手習師匠 「品川様といえば、ご高家の御家であらせられ、代々高家肝煎を相務め給いて、当代の若き当主義斉様はこの度表高家になり給うた御方ですな」

八五郎 「それは、今の品川様のお話でしょう。あっしが聞いてるのは、そのご先祖様のことで」

手習師匠 「ふむ、ご高家であらせらるるからには、御上の開闢よりももっとずっと前でしょうなァ」

八五郎 「というと?」

手習師匠 「そうですな、ざっと藤原時代までさかのぼりますかな」

八五郎 「へぇ、本当ですかい?本当に?」

子供達 「ワァァーー、ワワァーーーー、武田の騎馬隊だァ、ワァァーー」

手習師匠 「ご高家には元は戦国大名であった御家もあるようで・・・甲斐武田氏も然り・・・(よく分からないことをごまかすように)

おっと、私としたことが、少しばかりと言いながら、ちと長話が過ぎました。奥で子供達が騒ぎ立てております。まったく、子供というのは手が掛かりますな。ンジャ又(そそくさと立ち去る)」

八五郎 「おっとっとと、待っておくんなぁ。まだ詳らかにはなっておりやせんぜ」

手習師匠 「時間があれば、応えてやりたいのは山々なんですが・・・。如何せん、今はご覧の通り忙しい。そうだ、我が師ならば学識も高く、且つ今は有閑の身、行ってみると良いですよ。蝋燭町は、呉服の岩井屋の裏手に、独り住まいをなさっている御方です。長いこと浪人であって、その間に御国学びを修められ、今や市井にあって名代の学者でございます。名は、松岡明徳先生とおっしゃる。国史にも明るいゆえ、訪ねてみると良いかもしれませぬ」

八五郎 「あ~あ、ソソクサと行っちまった。取り敢えず、その先生とやらの所へ行ってみるか」

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