祝勝会

開闢歴かいびゃくれき14997年9月1日◆

◆ウィッタード王国 王城 特等貴賓客室◆

◆勇者レグザス視点◆


 大講堂を後にした俺は、無駄に広い(100平米ほどか…?)天蓋ベッド付きの客室に通され、メイドに淹れてもらった梅昆布茶味の紅茶(こっちの紅茶のデフォらしい)を頂いたあと、スーツからタキシードに着替えさせられる。


 胸元には本日のメインゲストをあらわす、バラを添えられた。


 その後メイドに導かれてやたら広い王城を歩くと、やたらと大きな宴会場の扉の前に立つ。

 メイドが扉の前で俺に向かって「行ってらっしゃいませ、勇者レグザス様」と深くお辞儀をすると、両脇の槍を持つ兵士が扉を開け放つ。


 パチパチパチパチパチパチ…

「「「ワアアアアアアアアアア…!!」」」


「おお…!」

 割れんばかりの拍手と歓声。そして魔法の力か、夜にも関わらず思いのほか眩しいほどに明るい室内。


 会場の作りは豪勢で、彫刻やら壁画やら何やらで人の手を大量に加えまくった感じの中世ヨーロッパ風な雰囲気。

 上を見上げると日本だったら数千万円は下らなさそうな大きく豪華なシャンデリアが六つ。それらを取り囲むように、三人の女性の天井画が描かれている。


 よく分からんが、女性三人組という事はEDM系のダンスボーカルユニットかなんかだろうか?いや待てよ、ありえん。

(あー…3女神か…すると、どれかがエルレイアか…。うーん、実物と違うから分からん。)


 目線を天井画から会場へと戻すと、300名ほどの着飾った人達がこちらを見て拍手を続けている。

 ある人はこれ以上無い笑顔で、またある人は涙を浮かべ、賞賛を送り続けてくれる。


 会場内に居たいかにも「じいや」っぽい男性の執事バトラーに促されて歩みを進めた。大きな丸テーブルが二十。それらを囲んでいるグループは、手前から奥の壇上に向けて、騎士風のグループと魔術師っぽいローブのグループ、そして貴族風(梅)、貴族風(竹)、貴族風(松)…という感じで身分の違いで配置が決まっているようであった。


 うーん、あれか。伯爵とか貴族とかいう概念が異世界テンプレ的にあるんだろうな。俺のにらんだ通り。


 そんな事を思い王の前へ着くと、執事が王に向かって膝を突いた。

 俺も(大人なので)それに習い膝を突こうとすると…


「おお、勇者レグザス殿!膝を突かれるとは何事か!ささ、こちらへ…」

「あ、ああ…」(レグザスじゃねーっつーの!勇者でもねーし…と言える雰囲気ではない)


 すすっと壇上へ移動すると、会場の全員がこちらを向いて、誰一人例外なく静まり返る。

 こういう人前に立たされるシチュエーションって、高校の時以来だから緊張するな…。


「勇者…おお…勇者レグザス殿…!ああ…!」

 確か、メイドによればカイゼル王…と言ったか。王は泣きそうな顔でこちらを見る。

 いやそれにしても素晴らしきその声の良さよ…!


「君は…我が王国の、いや、世界の悲願を成し遂げてくれた。まずは心からの感謝を。ありがとう…!」

 俺は王の言葉を遮らないように、頷く。


「7年前の魔王の出現以来、互いに領土を巡り争い続けていた全ての種族…人族、獣人族、精霊人族せいれいじんぞく、エルフ族、ドワーフ族、そしてかわいいモチニャゴ族は…魔王出現以前の相互に領土を巡って争い合う己達を恥じ、全ての種族間争いを辞め、一つになって魔族へと立ち向かっていった…」

(か、かわいいモチニャゴ族・・・!?)


「魔王軍の圧倒的な戦力により、我々は同胞の死を悼む間もなく戦い続けるしか無かった…!我等が国ではおよそ400万にも及ぶ同胞が散っていった。そして世界では、およそ半数がその尊い命を落とした…!」



 うわっ…異世界の魔王、強すぎ…?(両手を口に当てながら)


 いやいや冗談じゃない。7年で世界人口が半分だって?なら単純計算であと7年でこの異世界は終了するところだったのか。


 それにしても、魔王以外は烏合の衆だったのか?それまでは魔族をほぼ無視して他種族と戦争していたわけだし、戦争はまだ終わっていないというのにこの喜びよう…。


「日々減り続ける全ての種族の命…。私は王として、無数の民を戦場へ駆り立て、彼等から親を、伴侶を、兄弟姉妹を、子供を奪い、そしてその未来を奪い去ったのだ…!」



「カイゼル王!」「王!!」「お父様!」「決してそのような!」「あなた!」



 王へと散り散りに、その責が無い事を会場の皆が口にしだす。民に本当に慕われている王に見て取れる。


「そ…そ……!そ……!」

 王がどもりだす。


「「「そ?」」」

 俺と、会場の皆が口にする。


「…それを…それをこの勇者レグザスは!召喚から3分で全て覆しおったああああああああああ!!!」


「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!!!」」」

 会場全体の大歓声が、空気をビリビリと震わせる。



「もうッ!我慢できィン!!!今日はッッ!飲むぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!!!!!」」」


 カイゼル王…飲み会の上司説…浮上…!!



 王族・貴族・騎士を交えた祝勝会…もとい飲み会は、本当に大変だった。

 まず、ありとあらゆる人に夫が浮かばれますだの、亡きお兄様の悲願がだの、泣き顔で感謝をされ続けた。


 自分としてはカップラーメンを作るぐらいの時間にちょちょっとこっちでの霊能者としてのスキルの変化を試してみた感覚でしかないため、出来事が大きいとは言えここまで感謝されると実感がなく、「いえ、自分はそんな大した事をしたつもりでは…」としか言いようがない。


 そう答えていると、会場内で「勇者様はなんて謙虚なお方だ!素晴らしい!」等の話が広まり、「娘を貰って下さい」だの「結婚して下さい」だのの話が盛り沢山になった。


「いえ、こっちに来たばかりなのでちょっと…」と断ると、「ではわたくしの娘にご案内させますわ!」「いえ私のエリィィィィィィイザベスこそふさわしいですわ!」等と、娘を持つ派手な貴族の多分全員に必死に絡まれ続けた。


「腹減ってるんで、じゃ!」と言ってその場を離脱すると、今度は騎士と魔術師達に囲まれる。


 騎士は次々に俺の背中を叩いては大号泣をかまし、魔術師にはどのような魔法を使ったのかの質問攻めにあった。


 騎士には叩かれ泣かれるがままに、魔術師には「教えて俺に使われたら困るんで…」と言って断った。

 いやだってそうだろ?心臓を掴んで引き抜いたり、遠くに有る防具をパクってきたりする術師が大量に居たら…やばくないか?色々と。

 俺以外にそんなやつが居たら、嫌でも警戒するだろ。



 そしてまた「腹減ってるんで!じゃ!」と言って抜け出すと、先程の執事が特別席を用意したと言うので、案内をされる。椅子を引き終わった執事は俺の左後ろに、さも定位置と言わんばかりに、主張しない空気感で立つ。

 うーん、マジの執事は初めて見るが、なかなかプロ意識が高そうだ…。



 少しすると、料理が次々と目の前のテーブルへ並べられた。

「ん…?」

 違和感を感じて、目をパチクリさせる。


「こ…これは…!」

 ミラノ風ドリア風の料理、辛味チキン風の料理、ペペロンチーノ風の料理、そして…ハンバーグ…!更には解凍したてかのようなティラミスとプリン…!

「サ、サイゾリアじゃねーか!!!」

 俺はイタリアンレストランチェーンの名前を口にして突っ込む。

 が、誰も意味が分かるはずがなく貴族達が「サイゾリアって何かしら…」「きっと異世界の高貴なるリストランテなのよ…」等と話し始める。



 「サイゾリア」について妄想が妄想を呼びガヤガヤしだすと、貴族達の奥からプラスチックの下敷きを曲げて遊んだ時の音のような、ボインボインという音がする。


 その音の主はテーブルを取り囲んでいた貴族たちを掻き分け、テーブルの上にジャンプし着地する。


「おお…!」


 デフォルメされたネコのような、しかし質感は某RPGのスライムのような、頭にコック帽を載せた楕円形の謎の生物。


 か…かわいい…!?そ、そしてこの質感と見た目…


「ま、まさか…かわいいモチニャゴ族!?」

「そのまさかだニャゴ!」

 コック帽を頭にかぶった楕円形の手足の生えていないモチモチな猫風生物が、ボインボインと跳ねながらドヤ顔をする。


「しゃ、喋ったああああああああああああああ!!!」

「ふん!お前と一緒で喋るのは当たり前だニャゴ!」


 かわいいのに気が大きい感じのギャップ…


「かわいいいいいいいいい!!!!!」

 俺は思わず叫んだ。


「勇者!お前分かってるヤツニャゴね!」ボインボインボイン

すかさず執事が耳打ちをする。

(レグザス様。かわいいモチニャゴ族は、かわいいと言われるのが一番の名誉なのです…そして彼等の種族名に「かわいい」を付けずに誹謗中傷をした種族を一つ、絶滅させたという言い伝えがあります…。)


怖ッ!!!だ、だからかわいいモチニャゴ族と呼ばれているのか…なるほど…。


しっかし…

「うおおおおおおお!!触りてええええええ!!」

 俺は料理そっちのけで、両手をモチニャゴ族に差し出そうとする。

それを楕円形の身体から一瞬飛び出した…手のようなもの…?で払い落とされる。

「いでっ!」


「ふふん!それよりニャゴの作った料理が冷めちゃうニャゴ!異世界の人族の味覚に合うかは分からんが、さっさと食べるニャゴよ!」ボインボイン

(コック帽…そうか、料理人…料理ニャゴ?なのか…!?)


「おおすまん…!」

 俺はミラノ風ドリア風の料理を口へ運ぶ。


 もぐもぐ…


「和風ッッッッ!!しかも上質な和風ッッッ!鰹節の厚削りと飛魚トビウオから煮出したあごダシに岩塩、そして醤油とみりんを1:1で少々、仕上げに山椒の葉を浮かべたような味…だと……!?」


「ニャゴ?よく分からんニャゴが。」


「うまあああああああああああい!!!!美味すぎる!!!!」

 見た目はサイゾリア、中身は料亭の味…!異世界の食、いいじゃない…!

 もぐもぐ…はふはふ…むしゃむしゃ…こっちは肉じゃが味…こっちは天ぷらに天つゆ付けた感じの味付けと食感…!?なんだこのギャップ感…!


 この異世界の料理…魔王よりヤバい…!

「ふふん!ニャゴの料理は異世界にも通用するようニャゴね!!」


「ああ!一流の店が日本あっちで出せるぜ!!」

「ふん!ふん!…悪くない気分ニャゴ!今度異世界の料理も教えるニャゴよ!」


「おお、良いぞ!!」

 ふふんっ!と、モチニャゴ族の料理ニャゴはニンマリする。


「ふんふん!ニャゴはこの王城の料理長、名をニャゴジローと言うニャゴ!」

「おお、俺は天――」


「当然もう知ってるニャゴ!勇者レグザス!また料理を作ってやるニャゴ!!さらばだニャゴ!!」ボインボインボイン…


 ―――名前…!違う…!



 その後俺は祝勝会で魔術師長(超婆さん)と騎士団長(イケオジ)に声を掛け、魔法と剣の手ほどきをお願いしたところ、「こちらこそ!!」と快諾を受けた。

 あ、ちなみに召喚士長は俺が魔王を倒したショックでまだ寝込んでいるらしいが、命に別条はないらしい。


 その後に部屋に戻るとメイドが丁寧に礼をし「今日のところはお休み下さい」と促されたので、ふかふかのベッドに寝転がった。


「知らない天井だ…」

 クク、一度言ってみたかった…!


 俺は窓の外にある青と赤の2つの月を眺めながら、「ああ、異世界なんだなあ…」と思いながら、そのまま就寝した。


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