第14話 取れる髪の毛
覚えている中では、これまでの人生で3回、
人前でカツラが取れたことがある。
1回目は、小5か小6の夏休み。
家族で海水浴へ行き、
陽気に波乗りしてたらマットごと転覆。
濁流の中でカツラが取れて、
水面から出た私の頭に髪はなかった。
慌てて水に浮かぶカツラを拾い上げて装着。
衝撃の瞬間を一部始終見た人もいただろうし、
笑われたりもしたと思うが、
"もう二度と会わないであろう人たち"
だと思うと、心が軽かった。
「大丈夫だった〜?
ひっくり返ったなーと思って、
立ち上がったらマルコメちゃんだからさぁ。
でもさすが、つけるの早かったね。」
現場を見ていた両親が、あとあとパラソルの下で
こんな風に笑い飛ばしてくるから、
この出来事は私にとっても笑い話だ。
2回目は、小5の時に学校の階段で。
友達2人と階段を上がっていた。
躓いてバランスを保ったは良いが、
勢い余って髪だけが階段にダイブ。
3秒以内には拾い上げて頭に付け直したが、
この出来事を、なかったことにはできない。
居合わせた2人は、
ハゲを知らない転校生の佳奈ちゃんと、
1,2年生の頃同じクラスだった祥子ちゃん。
この時の佳奈ちゃんが受けたであろう
衝撃は、想像しきれない。
目を丸くしていたが、
彼女は何も言わなかった。
「大丈夫?ねえ大丈夫?大丈夫?」
祥子ちゃんはひたすら大丈夫?と
繰り返し聞いてくれた。
これは、躓いて怪我をしていないか、ではなく
カツラが取れたことによる
私の心のダメージを気遣っての問いかけ
だったに違いない。
「うん、大丈夫。」
何がどう大丈夫か分からないが、
そう答えるしかなかった。
その後、佳奈ちゃんとは卒業まで
1番仲良くしていたが、
彼女はそれについて何も言わなかった。
3回目は、中1の体育の授業中。
縄跳びで前跳びをしていた。
疲れて縄がかかとに引っかかって軌道が変わり、
後ろから前に回る縄が、
ちょうど首の後ろからカツラを持ち上げて
前に回った縄とともに床に落ちた。
この時も3秒以内には元通りの姿に戻った。
何事もなかったように縄を跳び直しながら、
周囲を見渡してみる。
誰がそれを見ていたのかは分からなかった。
半年ほど経って、校外学習の日、
施設外で整列して並んでいると、
真後ろの女子2人の会話。
「産毛があるのか、
全くのツルツルなのかどうかまでは
分からなかったんだけど、
とにかく被ってるのは事実みたい。」
「へぇ〜。
でも、ぱっと見じゃ分からないよね。」
「そうそう、そうなんだよ〜。」
たしかにあの縄跳びの時、
"事件"が見えていてもおかしくない位置に
いた子が言っていた。
その会話をしていた2人とは、
特別仲良くもなく、
かといって仲が悪くもなく、
クラスメイトという距離感だった。
カツラが取れたのは私の落ち度だし、
見た人の記憶も消せないし、
見てしまった以上、人に言いたいんだろう。
でも、
あの子カツラだよ、なんて
知らないところで話せばいいのに。
わざと聞こえるように言わなくてもいいのに。
この子はあと何人にこの話をするんだろう。
これまで何人に話したんだろう。
この話を聞いているほうは、
今後何人にこの話をするんだろう。
考えても仕方ないことで頭がいっぱいになりながら、
聞こえないふりをするのに精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます