第8話 堂々と

小学5年生の始業式。

私が初めてカツラをつけて登校した日だ。


私の学校では、前の学年のクラスに登校し

新クラスの発表、新クラスへの移動、

そして始業式へ、という流れだった。



ドキドキしながら旧クラスの教室へ。


「おはよう〜。」

ドアに近い席の子はほとんど条件反射的に

言っていて、いちいち誰だか確認して

いなかったりする。


「・・・?!」


入ってきたのが私(かもしれない)と

気がつくと、みんな目が点だ。

当たり前の反応だ。

それくらいに、それまでの4年間で

私のハゲ頭はみんなに受け入れられていた。

コソコソ嫌なこと言ってくる奴も、

陰口言ってる奴もいたが、

なんだかんだ大多数に受け入れられ、

普通の学校生活を送っていた。



余談だが、母としては

それは当たり前のことらしい。

「あなたの髪がなくても、

何か悪いことしてるわけでもなければ、

お友達に迷惑かけてるわけでもないでしょ?

堂々としなさい。」


「それはそうだけど…

そんな簡単な話でもないんだってば!」

と子供の頃は思っていたが、

今となっては、母の言う通りだ。



だから、とりあえずこの日も

内心色んなことが気になりつつも、

堂々と歩いてみたのだった。



みんなの衝撃を物語る一瞬の静寂と

状況を処理しきれない、といった困惑顔。


「みんなわかるでしょー?

成瀬さんだよ?!わかるわよねー?!」


旧担任の先生の明るい一言で、

クラスが沸いた。

個人的には、それほど好意を抱いていた先生

ではなかったが、

この時は本当に助かった。



「え、髪伸びたのー?!よかったねー!」

中にはこんなことを言う男子すらいた。

いきなりそんなに伸びるわけないんだけど…

と思いつつ、「よかったね」と言ってくれる

優しさはしっかりと受け止めた。



新クラスへ移動し、始業式へ向かうと

より多くの子達が私の大変貌に気が付き、

少しざわついた。

ほとんどの人が、それはカツラだと

気づいただろう。

でもこの時は、それを大声で言う人はおらず、

みんな黙って受け入れてくれた。

きっと、家に帰って親に言った子も、

あれってカツラだよね?と友達同士で

確認し合った子もいただろう。



それでも、私の学校生活は

すぐには大きく変わらなかった。

毎年増える転校生はカツラのことを

知らなかっただろうし、

通学中は周りが気にならなくなったし、

紅白帽や通学帽にすぐ汗のシミが出来ないし、

他学年の人からもジロジロ見られないし、

快適さしかないと思っていた。



しかし、しばらくして

毎日目の中で涙を満タンにしなくては

いけない日々がやってきてしまうのだ。

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