第1話 ハゲって言っちゃダメよ

「みんなと違うこと」に気づいたのは

いつだっただろうか。

それを「嫌だな」と思い始めたのは

いつだっただろうか。

そのせいで初めて傷ついたのは

いつだっただろうか。


ホームビデオの中で

「お人形ちゃんみたいに髪の毛やりたいな〜」

と言った自分のことを

私はビデオを見返すまで覚えていなかった。

それが、3歳になったばかりの私。


私の頭の中にある1番古い記憶は

幼稚園での出来事。

何をされたのか、何を言われたのか、は

もう思い出せない。

ハッキリと覚えているのは、

先生に怒られて私に謝りにきた男の子の姿。

忘れもしない、幼稚園の2階の教室の入り口。


「ちゃんと莉子ちゃんに謝りなさい」

という先生の言葉に促されて、

「ごめんなさい。」

と謝った男の子。もう名前も覚えていない。

「もう2度と莉子ちゃんにハゲって言っちゃダメよ。」

「はい。」

こんな会話があったことを

とても鮮明に覚えている。

すごくよく晴れた日、

お昼ご飯のあとの自由時間だった。


この出来事をとてもよく覚えている理由は

自分の中でなんとなく分かっている。


「ハゲって言っちゃダメよ。」


それは、ダメなことなのか?

何故、ダメなことなのか?

私にごめんと謝ったあの子は

何に謝っていたのだろうか。

私の気持ち、分かっていたのだろうか。

何を悪いと思って、謝っていたのだろうか。


たった3、4歳の子が

明確な理由を持って謝るとか

相手の気持ちを全て理解して謝るとか

そんなことは無理かもしれない。

きっと無理だと思う。

別にその子を責めたいなんて思ってない。

そうじゃなくて、

私にはそういうシチュエーションが多すぎて

余計に傷ついていたって話。


外を歩いて

スーパーで

電車の中で

公園で…

色んなところで沢山の子たちが

私のことを指さした。

「なんであの子髪の毛ないのー?」

決して悪気のない、幼い子の素朴な疑問だ。

その答えは、私自身が1番知りたかった。


そんな時、その場にいるその子の親は必ず言う。

「そんなこと言っちゃダメよ。」

すれ違い様に何度も聞いた。

まるでペアリングされたセリフなんじゃないかと思うくらいに。


ハゲの私にハゲと言うのは、いけないこと。

なんで髪の毛ないのか、は聞いちゃいけないこと。

世の中ではそんなルールみたいだ。

正直、なぜ髪の毛がないのか聞かれるよりも

それは言っちゃダメ、と怒られているのを

聞く方がなんとなく辛かった。


でも、その会話が聞こえても

どんなにジロジロ見られても

私は泣かなかった。

聞こえないフリをした。

いわゆる「スルー」する術を

いつの間にか身につけていた。

それでも、公園や電車の中のあの時の光景を

いくつかだけでも未だに思い出せるのは

あの時の私が、黙って傷ついていた証拠だ。














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