一目惚れ Boy's side

立花

一目惚れ Boy's side

一目惚れ、ということを、僕はしたことがない。

好きな人がいたことは、ある。

でも、女子とあんまり喋らないせいで、少しでも喋ったことがある子がなんとなく気になる、みたいな感じ。そこまで強く惹かれていたのか、と聞かれると微妙。

可愛いな、と思った子がちょっと長く目に付くこともあったけど、恋愛感情はなかった。

だから、一目見ただけで心を奪われるっていう現象とは当然、程遠かった。



こんな僕だから、今のこの状態には、すごく困惑している。

数回しか話したことのない彼女が、強く心に残っている、この状況に。



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進学して説明会のときに、はじめて話した同級生。それが、隣に座っていた彼女だった。

僕は元々、男子相手でも話しかけるのが苦手だ。でも大学は友達づくりの最後の機会だし、最初に会った人には自分から話しかけようと決めていた。

そう思っていても、隣に座ったのが女子だと気づいたときは、心が折れかけた。急に話しかけるのはやっぱり変じゃないかとか、気持ち悪がられないかとか、そんなことも気になりだした。

それでもやっぱり、後悔したくない気持ちが勝って、思い切って口を開いた。

敬語になってしまったのは、話しかけ慣れていないのだからしょうがないと目をつぶることにする。

彼女は話しかけられたことに驚いたのか、それでも僕に合わせてくれたのか、敬語で返してくれた。

名前を訊きあって、名字が漢字まで全く同じことにびっくりした。

そこから途切れ途切れに、自己紹介をした。

どこの出身なのか、高校のときは何部だったのか、兄弟はいるのか、とか。

正直、緊張していたものだからそんなに詳しくは覚えていない。

彼女は笑顔で、少しずつ敬語を外して話してくれた。

それでも、一つ一つの話が長く続かなくて、すごく申し訳なくなった。

振り絞った勇気の余韻からか、彼女のことはとても強く心に残った。

名字の漢字が同じだとわかった時や、少し話が盛り上がった時の、きらきらした表情が可愛かったな、とか。

背を伸ばしてしっかり説明を聞いていたから、きっと真面目な子なんだろうな、とか。

この先どこかで、また話せたらもっといろんなことを話してみたいな、と思った。


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そこから二か月。

彼女とは一言もしゃべらなかった。

同じ授業は大人数で行われる学部の必修か外国語だけだったのだから、しょうがないと言えばしょうがない。

少人数の外国語の授業も、ペアワークを行わなければ話すタイミングがなかったのだ。

教室でふと見かけて、あああの子だ、と僕が一方的に思う。

教室内を歩き回って行うペアワークが同じになって二か月ぶりに話した時、朝駅で見かけていたから思い切って伝えてみたけど、驚いていたみたいだから、向こうは気づいていなかったみたいだ。

意識しているのは僕だけか、と思うと、胸がぎゅっと痛んだ。

授業中、彼女は男子とペアになった時でも屈託なく楽しげに話している。

あれだけ気軽に男子とも話せるなら、そりゃ僕のことなど印象に残らないだろう。

というかむしろ、避けられてる気がする。

同じように歩き回って行うペアワークはその後の授業で何度もあったけど、ペアになれたのは数回だけだ。

というのも、目が合って、やろう、と声をかけようとすると、彼女はすっと目線を外してそばにいた他の子と会話を始めてしまうのだ。

やっぱり初めて話した時がつまらなかったんだろうか、とか、一方的に意識しているのがばれて、気持ち悪がられてるんだろうか、とか考えてしまって、心が沈んだ。

すると目を合わせることすら、できなくなってしまった。

もう会話することはできないかもしれないと感じていた。


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そして現在、12月。

外国語ではなく別の授業のテストがあった。

学生番号順に座らされたため、僕の後ろには彼女が座っていた。

話したいと思いながら、不自然さと話題のなさで諦める。

ただ彼女の視線に少し緊張しながら、テスト開始を待っていた。

すると突然、とんとんと後ろから背を叩かれた。

びっくりしながら振り向く。

ごめん、あの、多分、セーター裏表逆。

小さな声で彼女が言った。

首元を確認すると、確かに裏にあるべきタグが表に出ていた。

慌ててセーターを着なおす。

彼女に、すみません、ありがとうと返した。

焦ったのと恥ずかしいのとで、ちゃんと言えていたかどうかは覚えていない。

テスト後にもう一度ありがとうと言いなおそうかと思ったら、友達に話しかけられてタイミングを見失ってしまった。


その夜は、これが延々とフラッシュバックしてきて、気恥ずかしさと最後に話しかけられなかった後悔でずっとベッドの上で悶絶していた。

でも段々と冷静になってきて、彼女の声や表情が思い出されてくる。

上目遣いで、少し赤くなった耳と、小さくて固い声。なんとかありがとう、と返した時のはにかんだ笑顔。

そこから客観的に推測できるのは、緊張していたんだろうということ。

そして恐らく、あんな気づかぬふりをしてもいいようなことをわざわざ言ってくれた、ということは、僕のことを少なくとも嫌ってはいない、ということ。

後の方は自惚れかもしれない。

でも嫌いだったら、気持ちの悪い相手だったら、緊張しながらあんな風に声をかけたりはしないだろう。

それに背を押されて、僕は残り数回の外国語の授業で、また彼女と話してみようという勇気を出した。

結果、前のように不発に終わってしまったけれど。

最後の授業が終わった時、僕はどうしようもない後悔に襲われた。

もっと前から、怯えないであの子と目を合わせればよかったのに、とか。

やっぱりあの時、ちゃんとありがとうと言いなおせばよかった、とか。


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この時点で、僕は初めて認めた。

僕は彼女に恋をしている、と。

遅すぎると思われるかもしれないけれど、だって、最初に言ったじゃないか。

僕は一目惚れをしたことがない、強く心を奪われた経験がない、と。

だからたぶん、これも恋じゃなくて、友達になりたいとか、そういうものだと思おうとしていたんだと思う。

あんなに悩んだり落ち込んだりしたくせにね。

こんなにただ一人のことで心がかき乱されるのは、初めてのことだったのだから。



僕から見た君のように。

僕の姿は、君の目に映えていますか。

これはきっと愚問だろう。だって僕は、君の中で印象的になれるようなことが、何一つとしてできなかった。

だから、わずかな運と未来の僕の勇気に、一縷の望みをかけて願う。

4月になったら今度こそもう一度、君に声がかけられますように。

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