第129話 I'm obsessed with scarlet.

 魔法少女スカーレットシトロン。


 私とベルの前に現れた女の子は変身して、そう自己紹介した。

 まさか乃亜のあさん……ホワイトリリー以外にも魔法少女がいるなんて。そりゃプリピュアだって何人も魔法少女が出てくるから、おかしな話じゃないんだけど。

 理解はできるけど、あまりにもいきなりだから頭が混乱しちゃう。

 あの子はいったい――


「おーい、千秋ちあきちゃん?」

「…………」

「もしもーし?」

「えっ? あ、はい!」


 顔を上げると、ミカさんが不思議そうな表情を向けてきていた。


「ちーちゃん、大丈夫?」


 隣に座る乃亜さんも心配そうにしている。


「う、うん。ちょっとぼーっとしちゃってただけで……」


 私の前には、広げられた教科書とノート。静けさのある、特徴的な空気。

 そうだった。あれからひと晩経って、今は図書館で一緒に勉強中だった。昨日のことが衝撃しょうげき的すぎて、そっちのことばかり考えちゃってた。


『今日ははじめましてってことでー、あいさつだけにするね。んじゃまったねー☆』


 スカーレットシトロンはそれだけ言い残すと、夜の暗がりの中へと消えていった。

 いったい彼女は何者なんだろう。わかってるのは魔法少女ってことと、ベルと知り合いみたいってことくらい。

 だけどベルに訊いても、


『あんさんには関係あらへんことやから、気にせんでもええ』


 としか言わないし。そんなの、余計に気になるじゃん。


「よーし」


 と、ミカさんが持っていた教科書を閉じた。


「今日はこのへんにしとこっか。千秋ちゃんもおつかれみたいだし」

「そうしましょうか」


 乃亜さんも続く。


「だ、大丈夫ですよ。ちょっとぼーっとしちゃっただけなんで」

「いやいやー、よく考えたらここ最近、毎日図書館に来て勉強だったでしょ? テストが近づいててあせるのもわかるけど、時には休まないと」

「そうだよ、今日も学校がお休みだからって朝からやってたし。せっかくの休日、残りはゆっくりしよう?」

「う……うん」

「あわてなくても、千秋ちゃんも乃亜ちゃんもすっごくがんばってるよー。だからきっと、赤点なんかとらないってー」


 それじゃあ明日の日曜は昼から、ということで解散。私たち3人は図書館の玄関で別れる。

 ひとりで残っていてもしょうがないので、私も玄関を出て歩きはじめる。


 心配かけちゃったな……。私がうわそらだったせいで申し訳ない。なんて気持ちはもちろんあるけど、やっぱり頭の片すみにはずっとあの赤い魔法少女の姿があった。


『せや。あんさんの前に契約を持ちかけた相手っちゅーわけや。――まあ、断られたんやけどな』

『そ。ベルの言うとおりー、私は悪の組織の女幹部になるかもしれなかった人でーす』

『今の私はー、魔法少女スカーレットシトロンでーす☆』


 ぐるぐるとリフレインする昨日のセリフたち。

 うう、これじゃあ勉強にも集中できないよ。

 せめて彼女のことが少しでもわかれば落ち着けるのに。


 そうだ、ベルがダメならほかの人に訊いてみるのはどうだろう。

 乃亜さん……はどう考えても無理だ。だって私の正体をバラすようなものだし。

 じゃあミカさん? でもベルのあの様子だと、誰にもあの子のことは話してないっぽいしなあ。

 うーん。

 ほかに私の正体を知っていて、相談に乗ってもらえそうな人なんて――――あ。


「――ん?」


 私の中にひとりの人物が思い浮かぶ。と同時に、こつん、と足先になにかが当たる感触がした。

 足元には――ピンク色のカバーがついた、かわいらしい消しゴム。

 それには見覚えがあった。なにせ、さっきまで私の近くにあったものだから。


「これってたしか……」

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