第128話 彼女の名は

「元気そうじゃん。ね? ――――ベル?」


 私たちの前に現れたツインテールの少女は、笑みを浮かべながら言った。


 この子、今「ベル」って……。

 最初はただ通りかかっただけの子かと思った。だけど、その名を口にしたってことは間違いなくこっち側・・・だ。


「ちょっとベル。この子って」

「( ゚Д゚)」


 あんぐり。隣に目をやると、まさにそう表現するにふさわしい表情で黒猫が固まっていた。知り合いなのは間違いないみたい。というかよっぽど予想外だったのか、完全にフリーズしてる。


「ねーねー。おねーさん」


 さっきよりも声が大きめに聞こえてビックリする。ベルの変顔に気をとられているうちに、女の子はすぐ近くまできていた。


「え、私?」

「うん」


 そして、暗いからさっきまでの距離じゃ気づかなかったけど、彼女はツインテールのほかにもうひとつ、大きく目を引く「赤色」があった。

 それは――ランドセル。人生でたった6年しか背負うことを許されないものだ。

 つまりこの子はJS。年下。


「おねーさんって、ベルと契約けーやくしてるんでしょ?」

「えっと、その」

誤魔化ごまかさなくてもいいって。そうなんでしょ?」

「う、うん」


 ちょっとだけつり上がった目と、その奥にある赤いひとみに見つめられて、私はなかば流されるように返事をする。なぜだかなんともいえない圧力のようなものを感じた。小学生なのに。はたまた小学生だからこそ、か。


「めずらしーね。なに? 悪役が好きなのー?」

「いや、そういうわけじゃなくて」

「? どゆこと?」

「いや、その……私が好きなのは魔法少女の方なの。でも悪の組織だなんて知らなくて」


 悪の組織だってわかってたら、しかもあんなえっちな衣装を着ることになるって聞いてたら、絶対に断ってた。今さら言ってもしょうないんだけど。


「……へえ~」


 すると、彼女の表情が変わる。それはさっき見た、小悪魔みたいに嗜虐しぎゃく的な笑み。


「じゃあおねーさん、もしかして魔法少女になれるってカン違いして、ベルと契約しちゃったわけ? それってちょーダサくない?」

「う」

契約けーやくの前に中身をちゃんと確認するとか、そんなのイマドキ小学生だってわかるよー?」

「うぐ」

「おねーさん大丈夫ー? そんなんじゃわるーいオトナにダマされちゃうよー?」

「うう……」


 言われたい放題。ぐうの音も出ない。

 もちろん彼女の言うことが正論っていうのはあるけど、なんだろう。見下ろされている感覚だ。身長は明らかに私の方が高いはずなのに。


「まーお似合いかもねー。そこにいるおバカさんと」

「だ、誰がバカやて!?」


 と、条件反射のようなツッコミの関西弁。ようやく硬直こうちょく状態から解凍したみたいだ。


「それはええわ! なんでお前さんがここにおるねん!」


 ベルさんは勢いそのままに問いめる――が、女の子の見下ろすような表情にまったく変化はなくて、


「なによー。前のオンナに向かってそれはないでしょー」

「ま、前のオンナ!? どういうこと!?」

ちゃうわ! 変な言い方すんなや! ……ったく」


 すごい。あのベルが完全にツッコミの側だ。


「ええと、ベル。この子は」

「ん? ああ。あんさんには言うてへんかったな」


 ベルはやれやれといった風に、後ろ脚で耳をかく。


「コイツと初めてうたんは、この町に来る前や」

「え? ってことは」

「せや。あんさんの前に契約を持ちかけた相手っちゅーわけや。――まあ、断られたんやけどな」


 なるほど、『前のオンナ』っていうのはそういうことか。


「そ。ベルの言うとおりー、私は悪の組織の女幹部になるかもしれなかった人でーす」


 セリフを引き継ぐように、女の子が言う。そして、


「でも今は――」


 カッ!


 そこまで言った直後、彼女の周囲が光――赤っぽい色の光に包まれる。それこそ、近づいてくる夜から夕方へと逆行するみたいに。


「っ……」


 思わず目をつむって、顔の前に腕をもってくる。もしかしてなにかの攻撃? なんて考えたけど、それはホントに一瞬の出来事だった。

 目を開けたら、そこはさっきまでの薄暗い空間。


 だけど――ひとつだけ戻っていないものがあった。


 それは、彼女の姿。


「んなっ……」

「え……」


 フリフリのついた首元に、やけに短めのスカート。そんな衣装は赤、オレンジ、それから黄色といった赤系の色で統一されていた。

 彼女は今日初めて会った人間。当然、この衣装だって見るのは初めて。なのに、私はそれ・・を見たことがある。いつもは白いだけで。


「お、お前さん……」


 ベルの口が再びあんぐりと開く。その様子に満足したのか、彼女は得意げな笑みとともに舌をペロリと出す。

 そしてまるで決めゼリフでも言うみたいに、顔の近くでピースサインをつくると、


「今の私はー、魔法少女スカーレットシトロンでーす」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る