第126話 あの五角形はレーダーチャートというらしい

 魔法少女ホワイトリリー悪の組織わたしたちとの休戦協定は無事に結ばれた。

 これで行く手をはばむものはなにもない。私と乃亜のあさんは晴れて勉強に専念することができて、それはもうテスト対策もバッチリ――なんてすんなりいくはずもなく。


「ねえちーちゃん。この問題……わかる?」

「えっと……ごめん」


 乃亜さんから見せられた問題集を見て、私は力なく答える。


 日は変わって、場所は同じく市民図書館。テスト範囲の確認も終えていざ勉強に本腰を、と意気込んだまではいいものの、さっそく暗礁あんしょうに乗り上げていた。

 原因は言うまでもなく、


「やっぱり私たちだけじゃ無理がある、よね……」


 言葉と一緒にため息が出る。そう、ここには赤点という谷底までがけっぷちの人間しかいない。端的たんてきに言えば、圧倒的に戦力不足なのだ。

 私は数学がちょっとできるだけ。乃亜さんは全教科まんべんなくヤバいとのこと。ふたりとも、ステータスを五角形とかで表現したらすごくバランスいいんだろうなあ。五角形がとてつもなく小さいけど。


「教えてくれる人は必要、だよね」

「そうだね……」


 教科書や問題集をちゃんと読んで勉強すればいいじゃないか、なんて言う人もいるかもしれないけど、それができるならこんなことにはなっていない。なっていないのだ。

 じゃあクラスの勉強ができる人に助けを求める? それだって同じくらいハードルが高い。ぼっちで陰キャの私のどこにそんな交友関係があるというのだ、いやない。よし、これで反語表現はおぼえたぞ。


 ならば乃亜さんから誰かに頼んでもらって、という方法も考えたけど、私は提案しないことにした。……だって乃亜さん、成績がギリギリだってことは周囲にあまり知られたくないように見えたし。


 うーん、でもこのままだと万事休す、だ。最低限、赤点を回避できるくらいには五角形を大きくしないといけないのに。かといって打開策があるわけでもないからなあ。

 ううむ、どうしようか――


「あれ? 千秋ちあきちゃん?」


 頭をかかえながら天をあおいでいると、空から声が降ってきた。

 見上げた先には、たわわな果実がふたつ見えるだけ。だけど、私にはその持ち主・・・が誰なのかすぐにわかった。


「ミ、ミカさん?」

「図書館にいるなんてめずらしいねー」


 そこにいたのは巨乳で美人のお姉さん。悪の組織の怪人開発担当、つるつる頭のハカセの正体だ。

 というか、ミカさんの姿で会うの久しぶりな気がする。


「ちーちゃん、知り合い?」

「えっ? あ、この人はその、なんていうか」


 どうしよう。『悪の組織の仲間です』なんて言えるわけないし……、


鶴崎つるさき御影みかげでーす。千秋ちゃんとはプリピュア好きの同志だよー」


 答えに迷っていると、ミカさんが私の肩に腕をまわしながらフォローしてくれた。ふああ、おっぱいやわらかい……。

 そんな風に私がやわらか天国に包まれていると、乃亜さんはじっとミカさんを見ていて、


夢崎ゆめさき乃亜です。私ちーちゃんとはプリピュアで語り合える友だちです」

「そうなんだー。よろしくねー」


 ん? 今変なところにアクセントがあったような……。まあいいや。


「ミカさんはどうしてここに?」

「聞いてよー、それがさー? ネタ探しするぞって連れてこられたんだよー」

「ネタ探し?」

「そりゃー新しい怪じn」

「え!? なんですって!?」


 ポロっと出そうになった言葉をあわててさえぎる。ミカさんも気がついたのか、すぐさま言い直して、


「そう! レポート! 大学のレポートを書かなきゃいけなくてさー」

「レポートなんて、大学生は大変なんですね!」


 あぶなかった、もう少しで乃亜さんにバレるところだった……。ただでさえなんだか怪しむみたい目を細めてるのに。


 それにしても『連れてこられた』って言ってたよね……てことはもしかして。


「……(じいぃぃ)」


 いた。

 周りに目線を動かすと、本棚の陰から黒猫がこっちを静かににらんでいるのを見つけた。それはもううらめしそうに。

 あ、これはゼリー怪人を台無しにして休戦協定を結んだこと、まだ根に持ってるな。


「それで、ちーちゃんたちはなにしてるのー?」


 と、ミカさんが気を取り直したように訊いてくる。うん、ベルのことは今は放っておこう。


「もうすぐ期末テストなんで勉強中なんです」

「えーすごー。えらいじゃん」

「いや、ぜんぜんですよ。だって……」


 私はチラリと机の上に開かれたノートを見る。そこは見事なまでに真っ白で。


「わかんないとこだらけで、お手上げ状態ですから」


 見栄みえを張ったところでしょうがないので、正直に言う。

 すると、


「よかったら手伝おうかー?」


 ミカさんは笑顔でそんな提案をしてきてくれた。


「い、いいんですか?」

「もっちろん。千秋ちゃんにはいつも助けてもらってるもん」

「あ、ありがとうございます!」


 私はすぐさま席を立って頭を下げる。救世主とはまさにこのことだ!


「じゃあさっそくいいですか? この問題なんですけど」

「どれどれー」

「ほら、乃亜さんも教えてもらおう」

「えっ、あ、うん」

「これはねー、ここの単語がー」


 ミカさんをはさむ形で並んで座ると、解説を始めてくれる。

 よーし、これで五角形が大きくなる未来が見えてきた!


 ……ちなみに視界のすみっこで黒猫が「ちょい待ちいな!」と言わんばかりに口を大きく動かしていたけど、私は見なかったことにした。

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