第125話 そういえばもう「ウィダー」ってどこにも書いてない

「ゼェルルルリィィィィィ――――ッ!!」


 不審ふしんきわまりない叫び声が市民図書館の隣にある公園に響く。どうでもいいけど、やけに巻き舌な発音だ。


 声の主は――言うまでもない。怪人だ。今回はゼリー飲料らしい。見たことのある銀色のパッケージに、例のごとくムキムキ手足が生えていた。


「すげえー、シルバーだー」

「ママー、あれなにー?」

「しっ! 見ちゃいけません!」


 興味津々の子どもたち。もちろん母親は手を握って、不用意に近づいていかないようにする。いくら奇抜きばつな見た目をしていても不審者であることには変わりないわけだし。それゆえに、母親たちの表情には困惑と、少しばかりの恐怖が浮かぶ。

 それを怪人が見逃すはずもなく、


「ゼリリリ! いいかんじのエネルギーだゼリー!」


 うれしそうにポージング。そしてさらなるマイナス感情エネルギーを得ようとして、のしのしと親子たちのところへと歩いていく。


「なーっはっはっは! 今日こそは大漁や!」


 そんな怪人の様子を、少し離れた位置から高笑いで見守るのはおなじみの黒猫。


「いくんや! ゼリー怪人!」

「ゼリーッ! もっと恐怖してエネルギーをよこすんだゼリー!」

「ちょっとなんですか! こっちに来ないでください!」

「け、警察を呼びますよ!?」

「なあに、心配する必要はないゼリー! エネルギーをいただく代わりに俺のゼリーをくれてやるゼリー!」


 ゼリー怪人は自分の頭にあるフタをはずそうとする。


「ただし! 10秒で飲むことが条件だゼリー!」


 チャージだチャージだ、とCMで聞いたことのあるフレーズを連呼れんこしながらさらに近づこうとする。


「さあ、早く飲むんだ――」


 が、そこで動きが止まった。

 なぜか? その理由は一目いちもく瞭然りょうぜん


 黒いムチが怪人の身体に巻きついていたからだ。


「なっ……なんだこれはゼリー!?」


 ――ヒラリ。叫ぶ怪人の近くでマントがひるがえる。透明マントを裏返した私が、その場に姿を現す。西村にしむら千秋ちあきとしてではなく、変身した悪の女幹部の格好で。


「ちょっ! あんさんなにしてんねん!?」


 戸惑いの声が飛んでくるけど、私は反応しない。ベルの怒りたくなる気持ちもわからなくはないけど、それは私だって同じだ。


「……せっかく一緒に勉強しようとしてたのに……」

「ん? なんやて?」

「そこまでよ怪人!」


 すると、真っ白な少女が――さっきまで私と一緒にいて、たまたま・・・・同時にトイレに行きたくなった乃亜さんが魔法少女に変身した姿で、空から降りてきた。


「乱暴はやめなさ……い?」


 定番のセリフ。だけど語気は弱まって、最終的に疑問形になっていた。


「えーっと……これは?」

「ち、ちゃうねん! ちょっとした手違いや! ちょっと待っといて――」

「ホワイトリリー」


 ベルの言葉をさえぎって、私はホワイトリリーの方を見る。


「……(コクリ)」


 ホワイトリリーは私に正体がバレていることを知らないし、私の正体だって知らない(……はず)。だからこのメッセージが、私の考えていることが正しく伝わる保証はない。だけど、


「……(コクリ)」


 言葉をわすことなく、彼女は私と同じように小さくうなずく。そのまま無言でステッキを掲げると、


「ホワイトスター!」

「ゼリィィィィィッ!?!?」


 ちゅどーん!


 ビームが直撃して、怪人は見事なまでにあっさりとたおされた。


「そんな……せっかくの怪人やのに……」


 なげくベルをよそに、私とホワイトリリーは鏡に映ったみたいに歩いていく。お互い黙ったまま、向かい合った。

 言葉はいらない。言わずとも私たちは理解しているのだ。今必要なのは戦う時間じゃなくて、勉強する時間だということを。


 私たちはどちらからでもなく、力強く握手をする。それはもうがっしりと。

 そしてようやく、同時に口を開いて、


「「しばらくの間、休戦しましょう」」


 ここに、魔法少女と悪の組織の休戦協定が結ばれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る