第124話 固定観念

 私たちのハモりが予想以上に自習コーナーに響きわたって注目を浴びてしまったので、いったん外のベンチに移動することにした。


「ふう……」


 私は息をはきながら、景色をながめる。市民図書館の隣はちょっとした公園になっていて、砂場では小さい子たちが遊び、近くでは若い母親が談笑していた。


「ちーちゃん、はいこれ」

「あ、ありがとう」


 乃亜のあさんはカバンから水筒を取り出すと、コップに冷たい麦茶を入れて渡してくれる。ほんと、女子力が高い。きっと彼氏ができたらお弁当とかつくってあげるんだろうなあ。……いいなあ。

 ん? なんで私モヤっとした? そりゃ乃亜さんならモテモテだろうし、彼氏ができたっておかしくないし……。

 って今はそういうことじゃなくて!


「その……どうして乃亜さんは私に勉強教えてもらおうって思ったの?」


 麦茶を飲み干してく。そう、今重要なのはこっち。まさか乃亜さんが勉強を教えてもらうつもりでいたなんて。私そんな素振そぶり、一度も見せたことないはずなのに。


「え、だってちーちゃん勉強できるでしょ?」


 だがしかし、乃亜さんはきょとんとした顔で言ってくる。


「いや、私は」

「もー、ウソついたってバレてるんだからね。この前の数学の小テスト、いい点数だったじゃん」

「あー……」


 数日前、手がすべって乃亜さんの机に不時着してしまったテストを思い出す。


「たしかに数学はまあ、悪くはないけど……」

「ほらー」

「でも数学だけで、ほかの教科はぜんぜんなんだ。……それこそ、赤点とっちゃうかもしれないくらい」

「えっ、そうなの?」

「それに数学も悪くないってだけで、人に教えられる自信なんてないし」


 私が誰かに教えてる姿なんて、想像すらできない。自分のことでせいいっぱい、だ。


「そ、そうだったんだ……」


 乃亜さんの顔がだんだんと下を向いていく。なるほど、あの小テストの点数を見て、私が全教科バッチリだって勘違いしてしまったわけだ。

 ……ん? でも待てよ? 数学の小テストだって悪くないだけで決して「いい点数」じゃない。

 それを見て私に教えてもらおうって思ったってことは、乃亜さんの成績って――


「ちーちゃんこそ、なんで私にって思ったの?」

「え? そんなの、乃亜さんなら――」


 そこまで言いかけて、やめる。


『クラスの人気者で、私なんかよりずっと輝いている乃亜さんなんだから、きっと勉強だってできるはず』


 何気なくそう思っていたけど、考えてみればなんて勝手な決めつけだ。

 ――西村にしむら千秋ちあきは見た目が地味だから、きっと根暗ねくらなやつに違いない。

 そんな考え方を、私は好ましく思っていなかったはずなのに。


「ちーちゃん?」

「えっと、ごめん。私も誰かに勉強教えてもらわないとヤバい状況でさ。乃亜さんが誘ってくれたからついつい甘えちゃった」

「そっかあ。ちーちゃんもヤバかったんだ」


 がっくりと肩を落とす乃亜さん。よかった、私の後ろ暗い考えは悟られていないみたいだ。


「ああー、でもどうしよー。このままじゃあテスト壊滅しちゃうよ」


 乃亜さんの言うとおりだった。とにもかくにも、今はテストまでにどう対策をするか、だ。

 私たちふたりでは戦力不足であることは言うまでもない。だけど現状、なにもしないわけにはいかない。時間は刻一刻と過ぎていく。テストまでのタイムリミットが近づく。


「と、とりあえず教科書見てテスト範囲の確認でもしない? わからないところだらけだろうけど、ちょっとは頭に入るだろうし」

「いいねそれ、賛成!」


 提案すると乃亜さんは大きくうなずいてくれる。


「よかったー、ちーちゃんと一緒で。私だけだったら途方とほうに暮れてたところだよー」

「い、いやいやそんな。私まだなにもしてないってば」


 笑いながらベンチを立ち上がる。先は見えないけどまずは行動しよう。そう思って図書館に戻ろうとしたとき。

 背後の空気がビリビリとふるえて、


「ゼリィィィィィ――――ッ!!」

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