第123話 勉強会スタート……?

 私の決意は固い。それはもう、岩のように。

 なんの決意かって? そんなの言うまでもない。

 乃亜のあさんに勉強を教えてもらうという決意だ。


 というわけで私は放課後、市民図書館へとやってきた。


「あ、ちーちゃん」

「ごめん。遅くなって」

「ううん、私も今来たところだから大丈夫だよ」


 入口では先に着いていた乃亜さんが笑いかけてくる。学校からはちょっと距離きょりがあるので、一度家に帰ってから集合しようということにしたのだ。


「ちーちゃんはよく来るの?」

「あんまりかなあ。乃亜さんは?」

「私もぜんぜん。そんなに本、読まないし」

「だよね。前に来たのは小学生のときかも」


 なんて言いながらも、この場所を提案したのは私だった。だってヘタにファミレスとかでやると、クラスの陽キャの人たちと出くわす可能性がある。そうなると勉強会自体が霧散むさんしてしまいかねない。乃亜さんを家に呼んだり、私が乃亜さんの家に行くのは真っ先に候補からはずした。きっと緊張で勉強どころじゃなくなる。

 ちなみにスマホの電源は切ってある。もちろん、ベルからの連絡で勉強会が強制終了、なんてことにならないように。


 これで準備は万端ばんたん。これで誰にもジャマされずに乃亜さんとふたりきりだ。……あらためて言うとすごい誤解を生みそうだけど。


「そういえばちーちゃん、制服のままなんだね」

「あ、うん。教科書とか準備するのに手間取っちゃって」


 というのは半分ホントで、半分ウソだ。

 今日の勉強会という千載一遇のチャンスを最大限にモノにするために、家に帰った私は全教科の教科書とノートをカバンにつめこんだ。

 残りの半分は、着ていく服を考えるのがめんどうだったから。私の持っている服じゃあどれをどう組み合わせても乃亜さんと並び立てるレベルのオシャレコーデにならない。だったら制服の方が100倍マシ。


「勉強するんだし、私も制服の方がよかったかなあ」


 両手を広げながら言う。今日の彼女は白い半そでのフリルブラウスにデニムスカート。さらにブロンドヘアはおさげにってあって、なんとも涼しげな印象だ。私は三つ編みにしているとはいえ、同じおさげでこうも違うものかあ。というかあいかわらず白がよく似合う。


「そんなことないよ。乃亜さんの服、すごくかわいい」

「えへへ、ありがとー。このあいだ家族で買い物に出かけたときに買ったんだー」


 ううむ、家族との買い物でこの服をチョイス……夢崎ゆめさき家はやっぱりみんなオシャレなんだろうなあ。


「そうだ。テスト終わったら一緒に服買いにいかない?」

「えっ?」

「だって夏休みだよ? いっぱい出かけるでしょ?」

「あ、いや私はそんなに予定ないし……」


 自分で言ってて悲しくなるけど。

 と、乃亜さんは私の顔をのぞきこんできて、


「……私はいろんなとこ遊びにいきたいんだけどな。ちーちゃんと」

「わっ、わわ私?」

「うん。ちーちゃんはイヤ?」

「ぜ、ぜんぜん! イヤなわけないよ!」

「やった! じゃあ約束ね?」

「う、うん」

「ふふ、楽しみだなー。まあその前に期末テストを乗り切らないとだけどね」

「う″っ」


 さらりと出てきたその発言がおなか辺りに重くのしかかる。成績優秀な乃亜さんに他意はないんだろうけど、私は別。期末テストを乗り切らないことには未来はないのだ。


 それから私たちは会話をそこそこに終わらせて、図書館へと入る。

 別にクーラーがガンガンにきいているわけでもないのに、空気はどこか冷たい。図書館特有のそれは心地よさと同時に、どこかくすぐったさを感じさせた。


 奥にある読書&自習コーナーに行く。席はほとんど空いていたので、なるべくほかの人と離れた場所に陣取じんどり、向かい合って座ることにした。

 と、さっそくとばかりに乃亜さんが小声でいてくる。


「それじゃあ、どの教科からにする?」

「うーんと、英語はどうかな。たしか初日だったし」


 テスト日程を思い浮かべながら同じく小声で返すと、乃亜さんは指で〇をつくる。


「おっけー。英語ね」


 英語、やっかいな相手だ。いや私にとっては数学以外、全教科やっかいなんだけど。

 特に今回のテスト範囲は覚えなきゃいけない単語の量が多い。乃亜さんなら覚え方のコツとか知ってるだろうし、今日ははじを捨ててどんどん訊いてどんどん教えてもらおう。


 乃亜さんが教科書を開くのを見て、私もページをめくる。英文を読んでいくと、さっそくわからない単語に出くわした。

 よし、さっそく質問しよう――


「「ねえ、ここの単語の意味なんだけど」」


 直後、私の身体は固まった。なぜって、私の発した言葉がハモったから。

 いったい誰と、なんてこの状況じゃ確認するまでもない。


「えーっと」


 ユニゾンの相手、乃亜さんも同じように固まっている。その姿を見て、私は地面を踏みしめるように確認をとる。


「今日って……乃亜さんが勉強教えてくれるんだよね? 私に」


 が、踏みこんだ地面はあっさりとくずれ落ちて、


「えっ……ちーちゃんが教えてくれるんじゃないの? 私に」


 お互いぱちぱちとまばたき。いったん手元の教科書に視線を落として、再び顔を上げてぱちぱち。

 そして、


「「えっ……?」」


 私たちの言葉は、もう一度ハモった。

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