第122話 気分はカンダタ

「あんさん、最近たるんでへんか?」


 晩ごはんを食べて部屋に戻ると、机の上の真っ黒い物体が声をかけてきた。私に関西弁で話しかけてくる相手なんてもはや説明不要だろう、ベルだ。


「……私、今から勉強するんだけど」


 せっかくごはん食べてからがんばろうと思ってたのに。……まあ実際のところ、ベルがいなくても勉強してなかったかもしれない。おなかいっぱいでねむたいし。

 というか、どうやって入ったんだろう。窓は閉めてたはずなんだけど。


「それになによたるんでるって。そんな風に言われるようなこと、なにもしてないと思うんだけど」


 イスに座ると、黒猫と目線の高さがちょうど同じくらいになる。


「あんさんの言うとおりや。あんさんはなんもしてへん」

「でしょ? じゃあなんで」

「それが問題なんや」

「……どういうこと?」


 訊き返すと、ベルは「はあ~っ」とわざとらしいため息をついてから、


「もう2週間になるんやで」

「なにが?」

「あんさんがボスから代理を任されてから、や」


 言われて思い出す。ボスの抜き打ち視察に始まり、ボスと魔法少女の直接対決。そしていろいろあって私とボスが勝負することになって、最終的には私がボス代理という役目を押しつけられ、もとい任命された。


「そっか。あれから2週間になるんだ」

「のん気なこと言うてる場合とちゃうで」


 ベルは後ろ脚で立って声を強める。ちょっとだけ目線が高くなって、私を見下ろす形になった。


「ボス代理やで? ほんまなら、あんさんにはもっとリーダーシップを発揮はっきしてもろて組織を引っ張ってほしいところやのに。その気持ちがぜんぜん感じられへんわ」


 ぶつぶつと愚痴ぐちをはき出してくる。まさかこの黒猫、それを言いたくてこんな夜にわざわざ私の家まで来たんだろうか。


「おまけにアジトにもぜんぜん顔出してへんやんか」

「それはまあ、悪いとは思ってるけど」


 と言いつつも正直、行くのがめんどくさいという気持ちもあった。ここ最近、悪の組織がらみのことばっかりだったんだ。ちょっとくらい魔法少女趣味を満喫まんきつしたっていいじゃない。

 あとはまあ、小テストとかあったし。結果は散々だったけど。


「てなわけで、次の作戦決行の日を伝えにきたんや」

「次?」

「せや。あんさんがなんもしてくれへんから、オレが考えたったんやで」


 ……今までだってベルが勝手にやっていたと思うんだけど。


「時間は明後日の夕方や」

「え、明後日?」

「なんや。なんかあるんかいな」

「いやその、明後日はちょっと予定があって……」


 別に行きたくなくてウソをついている、とかじゃない。ほんとに予定があるのだ。


 なにを隠そう、明後日の放課後は乃亜のあさんとの勉強会だ。


「ほかの日とかじゃダメなの?」

「そういうわけにはいかへん。もうハカセに怪人も用意してもろてるしな」

「ええ……」

「なんや、あんさん昼間は学校やから夕方にしたったちゅーのに」

「その学校で期末テストがあるから、勉強会をすることになってるのよ」

「勉強会? それこそ別の日でええやんか。断ったらええやん」

「いやいやいや」


 せっかく誘ってくれたのに断るなんて最低だ。もし断れたとしても、それがクラスメイトにバレたりしたら、どんな目を向けられるかわかったものじゃない。

 そもそもそれ以前に、ベルたちが暴れたらホワイトリリー――乃亜さんだって行かなきゃいけなるくなる。


「もしかしたら、明後日はホワイトリリーも都合が悪いかもしれないよ?」

「なんでそんなことわかるねん」

「いやー、あはは」


 だって一緒に勉強するから、とは言えない。


「勉強とかテストとか、そんな小さいこと気にせんでええやろ。ちょっとくらい点数が悪くてもかまへんやん」

「そういうわけにはいかないんだって」


 今の私には魔法少女グッズという、命の次に大事なものがかかっている。だというのに、テスト勉強は行き詰まるという絶対絶命の状況。そんな中私にさしのべられたのは、大天使乃亜さんの「一緒に勉強しない?」という言葉なのだ。


 天かららされた一本の糸。私が期末テストという地獄を乗り越えて、無事になんのペナルティもない夏休みという極楽にたどりつけるかは、彼女と一緒にテスト勉強できるかにかかっていると言っても過言ではない。


 成績ピンチの私が、成績優秀の乃亜さんと一緒に勉強できるというまたとない機会。

 この機会チャンス、絶対にのがすわけにはいかないのだ。

 私の愛する魔法少女グッズたちのためにも!


「とにかく! 明後日はムリだから!」

「あ、ちょ、あんさん――」

「なにかあっても私は絶対に行かないからね!」


 そう言って、私は黒猫を真っ暗な夜へと追い出したのだった。

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