第118話 これって引き継ぎ? それとも押しつけ?

 枝豆。

 ポテトサラダ。きゅうりの浅漬けに、冷ややっこ。

 それから、ジョッキになみなみと注がれたビール。


「ええ~ほんならあ~、はじめたいと思います~」


 テーブルに並ぶたくさんの料理と飲みもの。うたげの準備は万端。だっていうのに、ベルは口をДこんなかんじにしてイヤミったらしい声だった。


「ベルってば、いいかげん機嫌なおしなよー」


 そう隣でたしなめようとするのはミカさん。ずっとハカセの姿ばかり見ていたから、なんだか久しぶりに会った気がする。


「そりゃ私たちの勝ちは目前だったからやむのはわかるけど、過ぎたことをどうこう言ったってどうしようもないでしょ?」

「わかってるっちゅーねんそれくらい。せやけど、せやけどなあ……」


 ベルはふんぎりがつかないといった様子でペシペシとしっぽを床にたたいている。


 ホワイトリリーとボス、そして私が戦った日から3日――私たちは「決戦おつかれさま会」ということで、いつもの居酒屋に集まっていた。

 いつもならベルは飲み会となればテンションが上がっているはず、なのにご機嫌ナナメな理由は言うまでもない。私のせいだ。


「あ~あ、あんさんが出ていかへんかったら、今ごろは祝勝会やったのになあ~」


 私はホワイトリリーとボスとの戦いに割り込んで、あまつさえボスと対決するという行動をとった。その結果、ボスに負けを認めさせるという大波乱を起こしてしまったのだ。ベルからしてみれば、手に入る寸前だった宝石を粉々に砕かれたような感覚に違いない。

 別に後悔はしてないけど、あらためて言われると胸にチクチクささる。うう、ベルの視線も痛い。

 やっぱり今日は欠席させてもらえばよかったかなあ。でも……、


「ハカセの言うとおりだよ、ベル。彼女を責めるのはやめてあげなさい」


 私の隣に座る人物が仲裁ちゅうさいに入る。

 それは、ボス。だけどいつもの黒い影じゃなくて、神宮寺じんぐうじレオンとして彼はそこにいた。


 そう、私が欠席しなかったのは、ボスに来てほしいと頼まれたからだった。


「いいかい? ベル」

「……んぐぅ」


 ボスに念を押されて、ベルは口を閉じる。黒い影のときとは違ってさとすような口調だけど、中身はボスと同一人物。効果は絶大みたいだ。


「いやー、それにしても俺たちのボスがあの神宮寺レオンだったなんて、ほんとビックリですよ」


 そう言うのは橋本はしもとさん。


 数時間前、お店に行く前にアジトに集合したときに、ボスはその正体を組織のみんなの前で明かした。そしてハカセも橋本さんたちも、驚きはしたもののそれを受け入れていた。やっぱり、クールな俳優という側面しか見ていない人ばかりじゃないんだ。


「でもよくバレなかったですね。店に入るときも誰も気づいてなかったですし」

「この個室に入るまでは周囲の認識をずらしていたからね。みんな飲み会でやってきたサラリーマンだと思いこんでいるよ」

「はあー、すごい力ですね……」

「いいなー、私も使ってみたいよー」

「あー……おほん」


 と、ベルがひとつせきばらいをして会話を止める。


「飲みものもそろってるから、先に乾杯かんぱいするで」

「あ、そうでしたね。すみませんベルさん」

「まったく……ほなボス、乾杯のあいさつお願いします」


 ベルが話を振ると、ボスはうんとうなずいて、


「みんな、いつもありがとう。普段はボスとして悪の組織の上に立っているけど、今日はただの・・・神宮寺レオンとしてここにいるつもりだから、上下関係は気にせず楽しもう」


 みんな静かに耳を傾けている。ベルがしゃべってたらきっと「早く飲みましょうよー」とかヤジが飛んでるんだろうなあ。


「それと、ひとつ話があるんだ」


 と、ボスは区切る。一瞬の間。

 いったいなんの話だろう、なんて思っていると、


「僕は、また俳優業にもどろうと思ってる」


 そう宣言する。静かな声、だけどたしかな決意がこめられていた。


「少し前まで俳優としての自分を疑問に思うこともあった……だから休業したんだけど、それもまた僕という人間をあらわす側面のひとつだって、気づいたんだ。いや、気づかされたんだ」


 言うと同時、目が合う。そしてわずかなほほ笑み。思わずちょっとドキッとしてしまった。ううむ、おそるべしイケメン俳優。


「だから、この前みたいに僕が直接戦ったり作戦を指示したりすることはできなくなる。そこは申し訳ないかな」

「っちゅーことは、また今までどおりオレらだけで戦うことになるってことでええですか?」

「うん、だけど心配いらないよ」


 不安げに質問するベルに、ボスは優しい声で答えると、こんな提案をする。


「僕が不在の間、ボスの代理をたてようと思う」

「だ、代理……?」


 途端とたんにベルをはじめ、個室の中がざわつきはじめる。なにせ代理なんて、今までなかった役職だ。


「そ、そんな重要なポジション、誰に頼むかは決めてはるんですか?」

「もちろん」


 そう言ってボスが見るのは、こっち。私の方。


「……」


 なあんだ、私かー。代理なんて大変だなー私。がんばれよー私。

 …………。

 って、私!?


「そ、そそそそんな無理ですよ! 私には荷が重すぎます!」

「でも、戦いのとき君は言ったよね? ボスの座を奪うって」

「あ、あれは言葉のあやというか、勢いで……」


 たしかに言ったのは間違いないけど……ああ言うしかなかったから口をついて出ただけで、悪の組織のボスになるつもりなんかまったくないのに。


「言ってたよね?」

「……はい」

「大丈夫、心配いらないよ。君ならきっとできる」

「ボス……」

「それに、僕は君にやってほしいと思ってる」

「私に……?」

「うん、君に。西村にしむら千秋ちあきという女の子に」


 ぽん、と肩に手を置かれる。


「やってくれる、よね?」

「うう……」


 ボスだけじゃなくてベルもミカさんも、みんな私のことをじっと見ている。こんなの、もうどこにも逃げ場がない。


「……うまくできるか、わかんないですけど……」


 こんな状況なら、こう言うしかないじゃない。


「ありがとう。よろしくお願いするよ」


 ボスはそう言ってもう一度ほほ笑む。これを言うために私を呼んだってことか。完全にしてやられた気がした。もしかして私に負けたこと、根に持ってる?


「それじゃあ、遅くなったけど乾杯しようか」


 今度は私がボスにじっと半眼を向ける。だけどボスは一切気にする素振そぶりは見せなくて、ビールの入ったジョッキを持って、


「これからの悪の組織の発展と、新しいボス代理に、乾杯」

「「「かんぱーい」」」


 かちん、と私の心情とは真逆に思える軽快な音が、部屋の中に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る