第117話 答え合わせ

 真っ暗。

 まるで宇宙に放り出されたみたい。だけど星のように輝くものはなにもなくて、ただ暗闇が広がってるだけ。


「ここは……」

の影の中だよ」


 目の前にいるのは、ボス。いや、その表現は正確じゃない。そこ立っているのはさっきまでの黒い影のシルエットとは違う、人間・神宮寺じんぐうじレオンだ。

 そして私の姿また、変身した悪の組織の女幹部のものじゃなくなっていて。私の姿は、ただの西村にしむら千秋ちあきだった。

 あれ、私いつの間に元の姿に戻って――


「ここは精神空間のようなもの。君はまだ実際には変身は解いていないよ」


 私の疑問に先周りするように、ボスが答える。


「そして、隔絶かくぜつされた場所でもある。ここでの会話や行動は、外から認識されることはない」

「え、それって」

「なにを話そうが、なにをしようが、誰にも知られることはない。君と僕以外はね」

「……」


 それを聞いて思わず、私は身構える。

 ボスの言葉がほんとなら、私はひとりで戦わなくちゃいけないってことだ。しかも、変身なしで、このままの姿で。


 どうしよう。こんなの勝ち目がない。ボス自身の影の中にいるんだから、ボスに地の利があるのは当然だし――


「どうしてわかったんだい?」


 さっそく戦闘再開。かと思えば、ボスはそんな質問をしてくるだけだった。


「教えてほしい。どうして君は……いくつもの影の中から、本物の僕を見分けることができのか」


 2回連続で当てたってことは、まぐれじゃなくてちゃんとどれが本物かわかっていたってことだよね、と。


「まさか、僕の知らない間に新しい力を得ていた、とか?」

「それは、ないです。私にはそんな特別な力、ありません」


 今の私にあるのは、透明になれるマントとしなるムチ、それだけだ。


「じゃあいったい、どんな方法を使って?」

「ええっと……」


 答えを言おうかどうか迷う。

 たしかに私は自信をもって本物を当てた。とは言っても、理屈があるわけじゃない。私の感覚にすぎないと思ってる。だから、私の答えがボスの望むものかどうかはわからないし、やっぱりまぐれだと一蹴いっしゅうされるかもしれない。


 ――だけど、だけど。

 今この人に必要なのは、この答えかもしれない。どうしてだか私にはそんな風に思えてきて。私は決心して、答えることにした。


「たぶんですけど……誰でも当てることができると思います」

「なんだって?」


 瞬間、長めの前髪の隙間からのぞくまゆがぴくりと動いた。


「それは、どういう意味だい? 僕の無限の幻影インフィニティ・シャドウが、それだけつたない技だとでも?」

「そ、そういうことじゃないです」


 じっと見つめながらの問い。さすが人気俳優なだけあってすごみがある。けれど、私はそれに負けじと言葉を返す。


「私、ボス……じゃなくて神宮寺レオンさんが出演した作品を見たんです」

「僕の、作品を?」


 ボスの目は、さっきと打って変わって丸いものになる。


「はい。昨日ボスと会ったあと、家に帰ってから。ひと晩しかなかったから映画を3本しか見れませんでしたけど」


 お母さんからあわててタブレットを借りて夜通し見続けた。刑事ものと、恋愛ものと、それからコメディ映画。おかげで今日は寝不足だ。ずっと眠たくてしかたない。

 でも、この人のことを少しで知れたら。そう思うと、私は自然と再生ボタンを押していた。


「たぶん、それが本物を当てられた理由です」


 雰囲気ふんいきというか、そういうものを無意識に感じ取っていたんだと思う。


「まあ、認識をずらす力を使われていたら、正解できなかったですけどね」

「……」

「だから、神宮寺レオンのことをそれなりに知ってる人なら、誰でも当てることができると思います――」

「そんなわけない」


 言い終えると同時。返ってきたのは否定の言葉。


「言っただろう? みんな僕の輪郭りんかく――寡黙かもくでミステリアスな雰囲気の俳優にしか興味ないって」


 俳優としての僕は、仮初かりそめに過ぎない。そうボスは言う。


「それにさっきの戦い、僕はたしかに悪の組織のボスというシルエットに包まれていた。当てるなんて不可能だよ」

「……」

「やっぱり君がすごい力を持っているってことなんだよ」

「……」

「誰も、僕という人間は見ていないってことさ」

「そんなことないです」


 否定の言葉。今度は私がボスに対して放つものだった。


「あなたは……あなただと思います。たとえ俳優として、誰かを演じていても。ボスとして、真っ暗や闇に包まれていても……まぎれもなく、あなたの一部です」


 私もそうだ。魔法少女が好きな自分。悪の組織の一員として、魔法少女に敵対する自分。どっちも私で、どっちがニセモノなんてことはないんだ。


「それに、ちゃんと神宮寺レオンっていう人間を見てる人もいると思います」

「僕のことを……ちゃんと」

「たしかに俳優としてのシルエットばかりを気にする人もいると思います。だけど、あなたを見ている人はそれと同じくらい……ううん、それ以上にたくさんいるはずです。きっと」


『人気俳優』や『クールで寡黙』みたいな言葉だけど気にしている人だけじゃない。この世界には、きっといろんな人や、場所が広がっているはずなんだ。


「だから、好きなようにしたらいいんですよ」

「好きな、ように」

「はい。世界に絶望するのは、そのあとでも遅くないと思います」


 そこで、私は言葉を止める。私が言えることは、私の思っていることはこれでぜんぶ。あとは、それをこの人がどう受け止めるか。


「…………」


 しばらく続く無言。私もじっと黙って待つ。

 するとふと、「ふ」と小さな笑い声が聞こえてきて、


「やっぱり、君に組織に入ってもらってよかったよ。ベルはとんでもない逸材いつざいを引き当てたね」

「え……」


「僕の負けだよ」


 その瞬間、私たちの周りに広がっていた暗闇はぱんと弾けて消え去った。

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