第114話 全自動アシスト機能付きムチ

無限の幻影インフィニティ・シャドウ


 ボスがつぶやくと同時、ボスと同じ形をした影がいくつも現れた。


「くくく……」


 増殖するキノコみたいに数を増やしていく。そしてあっという間に私とホワイトリリーをぐるりと囲った。いったい何体……いや、数えるのもバカらしいくらいだ。

 これがボスの、本気。


「これは……分身?」

「そのとおり」


 と、たくさんのボスのうちの1体が言う。


「私たちはすべて私だ」


 続けて、別の影が言葉を引き継いで、


「つまり、これだけの数の敵を相手にすることになる」

「戦闘経験の少ない君に、この状況を打破だはできるかな?」

「どうする? 降伏こうふくするなら今のうちだぞ?」


 まるで立体音響みたいに声がのしかかって聞こえてくる。私とボスの力の差をまざまざと見せつけられているみたいに。

 だけど、


「いいえ」


 ちらり、と隣のホワイトリリーを見てから首を振る。


「私は降伏したりしない。あなたをたおして、悪の組織を私のものにするんだから」

「あなた……」

「――いい度胸だ」


 ボスの影が少し、揺れる。


下剋上げこくじょうをしようというなら、それくらいの心意気を見せてもらわないとな」


 だが、世の中は心意気だけではどうにもならないものだ――。そうボスが言った直後、見えている影のすべてがざわついて、


「我が影に……絶望に飲みこまれるがいい!」


 瞬間、影たちが飛びかかってきた。


「はああっ!」


 反射的に、私はムチを振るう。真っ黒な曲線がしなやかに宙を舞って。

 その結果、真っ先に迫ってきた影に直撃――そして霧散むさんした。


「え……」


 その光景に思わずキョトンとしてしまう。だって、一度ムチを振るっただけで当たって、一撃で影の分身をたおしちゃったから。


「ほう……。ならば」


 ザザザザッ!

 ボスたちも一瞬ひるむけど、すぐさま攻撃を再開し、近づいてくる。


「うわ、わ」


 今度は2体同時。私は慌ててムチをひるがえして、ぶんぶんと振り回す。あっちへこっちへ。

 完全に適当な使い方。さすがに当たるわけない。なんて思っていたら――


 バシュン、バシュン!


 ムチがしなる。その動きは私とは別に、ムチ自身に自分の意思があるみたい見えた。なんて感想を抱いたのもつかの間、吸い込まれるように影たちに当たり、消し飛ばしていった。


「す、すごい……」


 私、ムチなんて使ったことのない初心者なのに……。まさに自動アシスト機能ってやつ? しかも、影の分身を一振ひとふりでやっつけられるほどの威力。なんて強力な道具なんだ。


「これが……エネルギーを集めた私の力?」

「そのようだな」


 さすがのボスも、またたく間に3体の分身をたおされたことにびっくりしたのか攻撃をストップする。


「ベルとの契約にすぐさま身体が適応しただけのことはある。もし君が魔法少女としてホワイトリリーの側と契約していたら、強い魔法少女になっていたのだろうな」

「え? そう? そうかなあ、えへへ」


 照れるなあ。ボスがそこまで言うなら、今からでも魔法少女になれないかなあ……たぶん無理なんだろうなあ。はああ……。


「――だが」


 と、ボスは逆接で言葉をつむぐ。落ち着いた、冷気を内包した声で。


「そんなものは無限の幻影インフィニティ・シャドウの前では無力にすぎない」


 三度飛びかかってくる影たち。1、2、3……ダメだ、数えてるヒマはない!


「くっ……!」


 私は一心不乱にムチを振り回す。雑な振り方だけど、きれいに軌道きどうを変えて影たちへと向かっていく。

 ぶんぶんぶんぶん。

 バシュバシュバシュバシュ。

 命中率100%。見事にぜんぶ当たっている。当たっているんだけど、


「くくく……」

「まだまだ私たちはいるぞ」


 それこそ影は無限にあるので、消しても消してもキリがないのだ。

 完全な物量作戦。これじゃあいくら私のムチが強力だって言っても、限界がある。

 しかも、問題はそれだけじゃない。


「きゃっ」

「あぶないっ」


 隣のホワイトリリーめがけて迫ってきた影を追い払う。そう、力を使い果たした彼女のことも守らないといけない。


「ご、ごめんなさい。足を引っ張っちゃって」

「……気にしないで。私がやりたくてやってるだけだから」


 私の目的――ボスへの下剋上ということを考えれば、ホワイトリリーを守る必要はない。

 でも、放っておけば彼女はボスの影に、絶望の闇に飲みこまれてしまう。それは……いやだ。ホワイトリリーがそうなってしまうのは。友だちの乃亜のあさんが、そうなってしまうのは。

 これはいわば、悪の組織の女幹部としてだけじゃなくて、西村にしむら千秋ちあきとしての意思。


「このっ……!」


 だから、私は自分のためにも、彼女のためにも……そしてボスのためにも、必死にムチを振り続ける。


「なかなか踏ん張るじゃないか。だが、いつまで耐えられるかな?」

「私は、負けない……!」


 視界が真っ黒になりそうなほどの影。だけど諦めずに1体1体確実にたおしていく。

 そして――

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