第112話 Re Call ~Side White~

「これは……」


 目の前で、今まさに私にとどめをさそうとしていた悪の組織のボスは、自分の腕に巻きついてきたものを見てつぶやいた。


 それは、1本の黒いムチだった。見覚えのある、細くて光沢のあるムチ。そしてボスが火のついた導火線のようにムチが続く先を目で追いかけていくと、なにもない空中でプッツリと途切れていて。


 え? いったいどこから……、


「やはり君だったか」


 その状況に戸惑うだけの私。だけどボスは確信したようにムチが途切れている場所に向かって声をかける。

 すると、カーテンをめくったみたいに空間に切れ目ができる。かと思えば、なんと悪の組織の女幹部が姿を現した。


「ち、ちーちゃ……?」


 どうやってなにもないところから……。あ、でもそういえば。前に地下街で戦ったとき、いきなり背後からつかまれて動きをふうじられたことがあった。

 つまりは……気配を消す、ううん、透明になる力ってこと?

 まさか、そんな新しい力を使いこなせるようになっていたなんて……。


 私がいろいろ考えながら呆然としていると、彼女・・はいつの間にかいつもの姿――真っ黒なマントに身体をすっぽりとおおった格好かっこうになっていた。ちょっと恥ずかしそうにしているのもいつもと同じだ。


「驚いたよ」


 ボスが言う。そのわりには、驚いている様子はぜんぜん感じられなかった。


「戦いへの参加は強制しないとは言ったが……まさか、そうくるとはね」


 だがもう遅い、と。それから今度は自由のきく左腕を振り上げる。


「ホワイトリリーはもう終わりだ」

「させないっ」


 私を影に飲みこもうとする。だけどボスよりも早く動いたのは彼女だった。素早くボスの右腕に巻きつけていたムチをはずすと、私の方に向かってムチをしならせてきて――え? 私?


 しゅぱっ!


 私が気づいたときにはムチは私の胸のあたりにくるんとひっついていて、まるで釣りみたいに私の身体は影から引っぱりあげられた。


「きゃっ」


 勢いそのまま、彼女の近くでしりもちをつく。アスファルトにおしりを打ちつけてヒリヒリするけど、影から脱出することはできた。


「あ、ありがとう……助かったわ」

「……」


 見上げながらお礼の言葉を述べる。でも、彼女はこっちを見ることはせずに、なにも応えようとはしなかった。


「……そうか」


 と、ボスは虚空こくうを両手でにぎってから、私たちの方を向く。


「つまり君は……魔法少女の側につく、と。そういうことだね?」


 そういう、ことになるのかな。私を窮地きゅうちから助けてくれたし。

 てことは、悪の組織を裏切ったってこと?


「いいえ」


 ボスの問いにも、私の疑問にもすぱっと一刀両断するように、彼女は首を横にふった。そして、続けて言う。


「私は悪の組織の女幹部。それに変わりはないわ」

「ほう」

「ホワイトリリーをたおして、悪の組織が勝利する。その目標を諦めるつもりもない」


 だから魔法少女に味方するとか、そういうことじゃない、と。


「でもボス……あなたの考えには、賛成できない」

「なに……?」

「世界を絶望で満たして……絶望だけにすることは……違う」

「だったら、どうするというのかね。ホワイトリリーとともに私と戦うわけではないのだろう?」


 冷えた声で問いかけてくる。


「……ボス」


 彼女は再びそう呼んで応えて、


「あなたにはボスから退いてもらう」

「なんだと?」

「私は……あなたからボスの座を奪うことにしたわ」

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