第100話 決戦の理由

「絶望……ですか?」


 ボスが放った言葉を、思わず私はオウム返しにつぶやいた。


「どうしてそんなことを」

「君には、僕がなにに見える?」


 続けて、そんな質問をかぶせてきた。


「ええと……神宮寺じんぐうじレオンさん、じゃないんですか?」

「そのとおり。正解だよ。僕は神宮寺レオンだ」


 うーんと、どういう意味なんだろう。

 正解って言ったけど、どうもそのままの意味じゃないようなかんじだし……質問自体はシンプルなはずなのに、よくわからない。


「でも世間の人にとっては、それはちょっと違う」

「どういうことですか?」

「みんなにとって僕はただの・・・神宮寺レオンじゃない。クールで、カッコよくて、寡黙かもくでミステリアスな雰囲気のある人気俳優、神宮寺レオンなんだよ」


 ボスは自身の名前ではなく、それを形容する・・・・言葉たちを強調して言う。


「そうでなくては、ならない」


 そして消え入るようにつぶやく。

 自分の形はすでに「こうあるべきだ」という風に決まっていて、その箱に収まるように押し込まれているのだと。それを逸脱いつだつすることは許されないのだと。


「それでも、そんな風に思ってる人ばかりじゃない。心のどこかでそう願っていた。

 ……だから、俳優活動を休止してみることにしたんだ。周囲がどんな反応をするのかなって」


 ――でも、やっぱり現実は違っていた。


「ネットでもテレビでも、街中まちなかでも、飛び交っているのは『人気俳優がなぜ?』とか『寡黙な彼になにが?』みたいに僕を形づくる『箱』の話ばかり」

「……」

「結局誰も、僕という人間を見ていないってことさ」

「それは……」


 なにか言葉をかけようとして止まる。そのニュースが流れたとき、クラスではみんな『人気俳優の突然の活動休止』ということばかり話していたのを思い出したから。


「この世界は僕の輪郭りんかく、シルエットにしか興味がない。その外にある僕のことなんかどうでもいいと思ってる。だったらその外側で好きにしよう。そう思って、悪の組織のボスを引き受けたんだ」

「そうだった、んですか」


 たしかに、悪の組織そこではボスはボスだ。もちろん正体を明かしていないからという前提はあるのかもしれないけど。


「ボスでいるときは、楽になれる気がするんだよ。正体がわかっても、普通に話してくれるような君もいるしね」

「あ、いやそれは」


 単に私が普通の話題にうとくて、イケメン俳優なんかとは無縁だと思ってる陰キャだからです……。


「あとは……魔法少女にも期待していたんだ」

「魔法少女に?」


 ホワイトリリーに期待してるってこと?


「ああ。魔法少女なら、たくさんの怪人たおして、僕のところまでたどりついて――僕という人間を見つけてくれるんじゃないかって、そう思っていた」


 ボスの目には、あこがれのような光が灯る。

 でも引っかかる。ボスの言い方はみんな、過去形だ。


「そう思って待っていたけど、魔法少女は怪人をたおすだけで、いつまで経っても僕のところまではやってこなかった」


 遠くを見つめながら言う。


「試しに直接会ってみたけど、僕の認識変換を見破ることさえ、できなかった」


 ちょっと前、乃亜のあさんとふたりでボスに会ったときのことだろう。あれは乃亜さんがホワイトリリーだとわかっていて、わざと部屋に入れたんだ。自分の魔法を見破って、自分の存在に気づいてほしいと期待しながら。

 けれどそれはかなわなかった。


「だから、僕はもうなにも期待しない。僕はボスとしての役目をまっとうして、すべてを終わらせようと思う」


 ボスはさっきよりもほんの少し、力のこもった声で言う。


「そのために、決戦をするんだよ」



 それからほどなくして、ボスとは別れた。私はひとり、公園に残ってブランコに座ったまま。

 早く帰らないとお母さんに怒られる。でも、すぐに立ち上がる気にはなれなくて。

 魔法少女、ボス、決戦。いろんなことが頭をぐるぐるする。そして私自身のことも。私は、どうしたらいいのか。


 そんなことを考えているうちに、もう日は完全に落ちていて、夜になっていた。

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