第98話 オリジン ~Side BOSS~

 僕が『芸能界』と呼ばれるものにその身を投じたのは、8歳のときだった。


 いや、『気がつけば入っていた』と表現する方が正しい。知らないうちに両親がドラマのオーディションに応募していたんだから。

 偶然の連続だと、今でも思っている。たまたまオーディションに受かって、たまたま僕の演技がウケた。素人同然なのに、素朴そぼくだとかなんとか。


 だとしても、ある程度の認知を得たのは間違いなくて、少しずつドラマや映画に出るようになっていった。

 結果、学校を休むことが多くなったけど、クラスメイトは優しく接してくれた。学年が上がっていっても、6年生になっても。


 そんなとき、とあるアニメに出演することになった。

 主演でもなんでもない、ただの脇役。かろうじて、キャラには名前がついていた。


 そのアニメの名は、プリピュア。


『すごーい! 神宮寺じんぐうじくん、プリピュアに出るんだ!』

『いやいや、ただの脇役だよ』

『なに言ってんだよ、アニメにも出れるとか、天才じゃん!』

『そ、そうかな』

『妹も私も、毎週見てるんだー。神宮寺くんが出るの、楽しみにしてるね』

『ありがとう、がんばるよ』


 正直、脇役で1話分に出演するだけだからアニメに興味は持っていなかった。けどクラスメイトがあまりに楽しそうにしてるから、僕は1話から見ることにした。演技に深みを出したいとか、適当な理由をつけてDVDを買ってもらって。最新話まで追いつくのに、そう時間はかからなかった。


 結論から言えば、僕はプリピュアというアニメ作品のことが好きになっていた。

 そして、僕はその世界のとりこになった。

 


 だが――


『レオン、もうあのアニメを見るのはやめなさい』

『え……』


 ある日、マネージャーをしている僕の母親から、そう言われた。


『DVDを渡しなさい、私が預かっておくわ』

『で、でも。次に仕事をもらえたときの備えにもなるから……』

『もうああいう仕事はしなくていいわ』


 ぴしゃりと、母は言い放つ。


『あなたはもっとクールな路線で売り出していくのよ。いろんな経験を積ませる目的であのアニメにも出てもらったけど……あんなの、あなたが本来進むべき方向じゃないわ』


 当時、僕にとって母の言うことは絶対だった。子どものころなら誰しもそういうときはあるかもしれない。僕の場合は仕事関係も完全に掌握しょうあくされているからなおさらだった。


『わかった?』

『……はい』


 だから、僕はうなずくしかなかった。


 それからの僕は、ただひたすら仕事をこなしていった。母の――周囲やファンの望む人間として。クールで寡黙かもくな若手俳優『神宮寺レオン』として。


 DVDは、知らない間に燃えないゴミに出されていた。



 そんな少年時代を経て、高校を卒業。いよいよ俳優業に専念かというころ。

 彼に出会った。


『うおおおお! なんて強力なマイナス感情エネルギーやっ!!』


 くもり空で暗い夜の帰り道に、暗闇から声。もしかして幽霊かと思ったそれは、1匹の黒猫だった。


『猫がしゃべって……』

『わかる、わかるで。全身にまとうそのマイナス感情。やり場のない気持ちをためこんでくすぶってるんが』

『はあ……』


 僕のことなどおかまいなしにしゃべり続ける黒猫。普通の人なら気味が悪いと逃げるだろうに、どういうわけか・・・・・・・僕はその場にとどまり、彼の話を聞いた。


『あんさん、事情は知らんけどそんな状態やとそのうちマイナス感情に押しつぶされてしまうで』


 彼の言葉は的を射ていた。自分自身、どす黒いものがモヤモヤとしているのはなんとなく理解していたから。


『そこでや、提案があるねん』

『提案?』


 と、黒猫はちょいちょいと前脚を動かして言う。


『実はな、オレはあんさんが持ってるでーっかいマイナス感情のエネルギーが必要やねん』


 雲が晴れて、月が顔をのぞかせる。こんな状況、どう考えても初めてなのに、どこかで見たことがあるような気がしてならない。


『僕は……エネルギーを供給すればいいんですか?』

『そのとおりや。あんさんはその持てあまりしてるエネルギーを、オレにくれるだけでええねん』

『なるほど……』

『もちろんタダでとは言わへんで。条件があるんやったら言ってくれてかまへん』


 後ろ脚で立ち上がってから、どんと自身の胸をたたく。そしてせきばらいをひとつ。

 せやから――


『オレがつくる悪の組織に、あんさんのその力、ぜひ貸してほしいんや』

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