第96話 思いがけないことは続くもの

 ベルが帰ってから、私はベランダからぼんやりと空をながめていた。


「決戦、かあ」


 ホワイトリリーとは何度も戦ってきた。だけど、決戦というからには今までのそれとは意味合いが違ってくる。雌雄しゆうを決する、決着をつける、つまりはそういうことなんだろう。

 ただ、


『日曜って、今日が金曜だから……明後日あさってじゃない!』

『そない言われても、オレかて今朝言われただけなんや』


 急いでほかのメンバーにも連絡して……ホンマ大慌てやで、と愚痴ぐちをもらすベル。自分だっていつもいきなり言ってくるくせに。前もって連絡することがいかに大切か、これでちょっとは実感してくれるとうれしいんだけど。


『で、日にち以外にはなにも言われてないの?』

『さーっぱりや。詳しいことは明日連絡するとしか』

『大丈夫なの? それ』

『まあボスのことやからなにかお考えがあるんやろ。オレらにできるんはできる準備をしとくことだけやからな。とりあえずハカセにはありったけの怪人を用意しといてもらうことにしてるねん』


 たしかに決戦というからには、戦力は多い方がいい。


『私はどうしたらいいの?』

『まー待機やな。ボスから当日の役割とか言われたら、あんさんにも連絡するわ』

『わかった、じゃあなにか連絡があったら教えてね』

『任しとき』


 ほな、オレはハカセんところ行ってくるわ――そう言ってベランダから出ていったのが、つい10分くらい前のこと。


「……でも、どう戦うつもりなんだろ」


 魔法少女との決着をつける、そんなお題目はさておき、具体的な中身がよくわからない。そもそもプリピュアファンとしては、決戦で敵側が勝つ未来がぜんぜん想像できない。

 そりゃあ入念に準備しているのなら話は別なんだろうけど……そんな勝機がボスにはあるってことなのかな。


 ま、考えてもしょうがないか。とりあえず今の私にできるのは連絡を待つことと、宿題を終わらせることくらいだもんね。


千秋ちあきー? ちょっとー」


 と、1階からお母さんの声が聞こえてきた。


「なーにー?」


 せっかく宿題をしようと机に向かうところだったのに。

 なんて言ってもどうせ信じてもらえないから、部屋から出て声を上げる。おつかいかな、今から行くのめんどくさいなあ。

 だけど返ってきたのは、予想外の言葉だった。


「お客さんよー」

「お客さん?」


 私に? 誰が?

 私の交友関係の中では、家までたずねてくるような人は基本的にいない。いや友だちがゼロとかぼっちとかそういうことじゃなくて。

 唯一考えられるとすれば乃亜のあさんくらいだけど……。


「ほら、龍平りゅうへいくんが来てくれたわよ」

「え?」


 階段を下りたところでそう言われて、私の声は思わず裏返る。

 だって、その名前に聞き覚えがあったから。いや、忘れるにはまだ早すぎる。それは、つい先日聞いたばかりの名前。


 まさか……まさか、ね。

 ここまできて予感がはずれることはまずありえない。でももしかしたら違うかも、そんな気持ちもわずかに含んで、玄関の方を見る。


「やあ、こんにちは」


 向けられたのは、笑顔。


 そこにいるのは、人気俳優の神宮寺じんぐうじレオン? 私の親戚を自称する越前えちぜん龍平? いや、今はそのどちらも適切じゃない。

 玄関に立つは、言うまでもなく。

 悪の組織のボスだった。

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