第93話 頭隠して尻隠さず

 思いがけず窮地きゅうちを脱した私は、家にまっすぐと帰る――ことはせず、寄り道をしていた。

 乃亜のあさんの電話がどうしても気になったから。


「まさかほんとに怪人が現れたり、とかじゃないよね」


 ベルにLINEを送っても返事がないから、確信は持てない。なので直接アジトに行って、状況を聞くしかない。


 角を曲がると、アジトがある雑居ビルが見えてくる。夕方でも、周囲に人の姿はまばらだ。


「まあでもアジトに誰もいないってこともあるよね」


 どこかで怪人を出現させてるなら、ベルやハカセたちはそっちに行ってるはずだ。もしかしたら私に連絡するヒマがないくらい、ホワイトリリーと激戦になってるのかも。そうだとしたら、やっぱり私も加勢に向かうべきなんだろうか。


「そのときはもう1回ベルに電話してみようっと」


 お母さんに『委員会で遅くなる』と適当にLINEを送ってから、歩みを早める。ほどなくして、夕焼けでオレンジ色に染まったビルの近くまでやってきた。

 相変わらずのオンボロビル。まだ日も落ちていないのにどこか薄暗いその入口に向かおうとしたところで、私の足は止まった。いや、止めざるをえなかったのだ。

 なぜなら、


「エリー。ほんとにこのあたりなの?」


 聞こえてきたのが、ついさっきまで話して――なんなら下着を見せ合う寸前までいった彼女・・の声だったから。


 のっ……、


 乃亜のあさんっ!?

 な、なななんでここに? もしかしてアジトの場所がバレたの? それで悪の組織をやっつけに乗り込んできたとか?


 いくらでも疑問は湧き上がってくるけど答えなんて出るはずもなく。と、とりあえず見つからないようにしてなきゃ。そう思って、ビルの陰に隠れながら聞き耳を立てることにする。


「ねえ? エリーってば」

「ええ、間違いないわ」


 落ち着いた声が続けて聞こえてくる。いったい誰、なんて確かめるまでもない。ホワイトリリーのパートナー、白猫のエリーさんの声だ。


「それに乃亜、あなたも感じるでしょ?」

「うん。たしかにこのあたり一帯、マイナス感情エネルギーがうず巻いてる」

「そうよ。ベルの怪人かなにかはわからないけど、近くになにかあるのは間違いないわ」


 ……マイナス感情エネルギーの発生源をさがすために、このあたりを調べにきたってこと? 乃亜さんを急いで呼び出したのは、エリーさんがエネルギーを感知したのが理由だったんだ。

 ともあれ、話を聞いた感じだとアジトの場所がバレて、とかではないみたい。


「でも変じゃない? ちょっと前まではこのへん、ぜんぜんエネルギーとか感じなかったよ?」

「そうね。人通りの多い場所でもないし……不思議だわ」


 そりゃアジトがありますから! なんてツッコミは心の中だけでおさえる。

 まあエリーさんの言うとおり、不思議ではある。アジトがあるのは前からなのに、今になってマイナス感情エネルギーがうず巻きはじめたなんて。


 でもどうしよう、このままビルを調べられたら、アジトがバレちゃうのは時間の問題だ。悪の組織わたしたちはアジトを知られていないことにアドバンテージがあるのに、魔法少女側にバレちゃったらもうどうしようもない。ただでさえ負けっぱなしなのに。


「どうしよっか。ひとまず被害も出てないみたいだし、今日のところは帰る?」


 と、私の気持ちを知ってか知らずか、乃亜さんが言う。そんな提案にエリーさんも「そうね……」と相づちを打った。


 よしよし。このかんじだと大丈夫そうだ。いくら魔法少女といっても、なにも起きてないのにビルの中まで調べるなんてことはしないだろう。それこそ、怪しそうな人がいたり看板でもあれば話は別だけど。


 ……ん?

 看板……?


 みょうな引っかかりを覚えて、私は記憶をたどり始める。初めてここにやってきた日のことを。

 なんだったっけ。ええっと……たしか入口の案内板には――


 4階:(株)悪の組織


「あっ」


 声が聞こえる。それはつまり、私が思い出すのと同時、彼女たちがそれ・・を見つけたことを意味していた。


「……ねえ、エリー」

「……ええ」


 ふたりのなんとも言えない口調。「なにかあるかと思って調べにきたら、敵側のバカ丸出しな部分も見つけてしまった」みたいな。わかるよ、同じ組織の一員でも悲しくなってくるもん……。って、同情してる場合じゃなくて。

 ヤバい! このままじゃあ……。

 アジトが完全にバレちゃう!


「ちょっと待っ」

「え?」


 思わず声が出ちゃって、ビルの陰から飛び出していた。当然、乃亜さんはこっちに驚いた表情を向けている。


「ち、ちーちゃん? どうしてここに?」


 私が現れたのがよっぽど予想外だったのか、めずらしく動揺しているように見える。


「お母さんにおつかい頼まれた帰りで……それで姿が見えたから。の、乃亜さんこそどうしたの?」

「わ、私? 私は野良猫を追いかけてたらここに来ちゃって……」

「そ、そうなんだ。あはは」

「う、うん。あはは」


 お互いに苦笑いしながら足元に目をやると、もふもふの白猫が呼応するように「にゃあお」と鳴く。だけど表情はむすっとしていて「なに邪魔するのよ」という苦言のようにも聞こえた。


 まあでも、これで調査は打ち切らずにはいられないだろう。一般人の私がいるのにアジトへ突入、なんて無茶なことはさすがにしないはず(エリーさんには私のことはバレちゃってるけど)。

 なんて私が油断したのを悟ったのか、


「にゃっ」


 エリーさんが階段へ向かって走り出した。


「えっ?」

「あっ、待って」


 あわてて追いかける乃亜さん。さらにその後ろに私も続く。

 まさか、強引にアジトに突入するつもり? このチャンスを逃すまい、ってこと?


「にゃにゃ!」


 鳴きながら、薄暗い階段へと消えていく。そのあとを追って乃亜さんと私が列をなして階段をのぼろうとすると、


「きゃっ」


 乃亜さんが小さな悲鳴を上げるとともに、こっちへたおれかかってくる。私はとっさにその身体を受け止めた。


「の、乃亜さん大丈夫?」

「う、うん」


 わわわ、やわらかくていいにおい。いやいや、そうじゃなくて。

 なにかにぶつかった? いったいなにに?

 目をこらすと、光の少ない空間が徐々に見えてくる。すると、彼女をさえぎったものの正体が明らかになる。

 そこにいたのは――


「あ……」


 悪の組織のボスにしてこのビルの入居者、神宮寺じんぐうじレオンだった。

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