第92話 どきどき! 下着チェック!?

 夕暮れの教室は、静かな空気で満たされていた。

 まるでこの場所だけが世界から切り離されてしまったみたいに。


 夕日を浴びて長くのびる影はふたつ。

 それを形づくるのは私と、もうひとりの女の子――クラスいちばんの美少女、夢崎ゆめさき乃亜のあ


「ふたりだけ、だね……」


 目の前で彼女が言う。夕日に照らされたブロンドヘアはキラキラと輝いて見えて、横顔はぼんやりと赤い。でもその赤さは、きっと夕日のせいだけじゃない。


「準備、いい……?」


 はにかみながら、制服のはしっこをつかむ。間違いなく学校中の男子、いや女子ですら一発K.O.されてしまう可憐かれんな姿。

 彼女のこんな表情をひとりじめできている。私なんかには身に余る光栄。そのありがたさをかみしめるべき。

 だけど、私の頭の中はそれどころではなかった。


 ……ど。

 ど、どどどどどどどうしようっっっー!?



 ――さかのぼること数時間前、乃亜さんから「約束」について告げられた直後。


 私はすぐさまトイレにかけこんでいた。

 あること・・・・確認をするために。


 個室に入って、制服と、スカートをずらす。いのりながら。どうか、その先に見えるものが黒色・・でありますように、と。


「……」


 淡い期待は見事なまでに打ち砕かれる。私の目に映っていたのは黒ではなく――白とピンクのしましま。


「……やっちゃったああ」


 肩を落としてうなだれる。私が身につけていた下着はまぎれもなく、3着1,100円のうちのひとつ。昨日買ったばかりのそれではなかった。

 思い出されるのは、昨晩の自分の行動。約束のことをすっかり忘れて、いつもの調子でタンスから下着を引っ張り出していた。


 それもこれも、ベルがお風呂に乱入なんかしてくるから……。


 偵察ていさつだとか、ボスの正体がどうだとかいろいろ言ってきたせいだ。そのあとプリピュアの話で盛り上がっちゃったっていうのもあるけど。いやいや、やっぱりベルが悪い。

 まあ、今さら過去を振り返っても今さらどうしようもない。

 問題はこれから、だ。


「どうしよう……」


 受け止めなきゃいけない現実。お互い着けてくることになった新品の下着を、私は着けてきていないこと。着けてきたことを自己申告するだけならいいけど、万が一見せ合うなんてことになったら……うん、黒としましまじゃあ、どうやっても誤魔化せない。


 それでもし、着けてきてないことがバレたら……、


『えっ、ちーちゃん……約束、守ってくれなかったの……?』

『あ、いや、これは』

『私、ちーちゃんのこと信じてたのに……』

『乃亜さん、これにはワケが』

『やっぱり、ちーちゃんと友だちになったのが間違いだったんだね』

『待って、私の話を聞いて』

『もういい、さよなら』


 そうしたらクラスのギャルたちに校舎裏に呼び出されて……、


『アンタ、乃亜との約束破ったんだって?』

『陰キャとからむからそういうことになるんだって』

『乃亜との約束破るとか、マジ許せないんだけどー』

『このセキニン、どうとってくれるのかな~』

『そういや乃亜から聞いたんだけど、アンタ中学生にもなってアニオタらしいじゃんw』

『マジ?w ありえなんだけどw』

『んじゃーばつとして、オタクだって学校中にバラすしかなくね?ww』

『ひっ……!』


 ひいいいいいっ!


「バ、バラすのだけは許してぇ……」

「ど、どうしたの? ちーちゃん」

「え? い、いや別に!」


 我に返って答える。ぶんぶんと首を振って。


「な、なんでもない……よ?」


 そして乃亜さんの姿を視界にとらえる。するとあろうことか、自分の制服のボタンに手をかけていた。


「のっ、ののの乃亜さん!?」

「ほら、ちーちゃんも」

「な、なななんでそんな!?」

「だって、見ないとわかんないでしょ」

「や、でも」

「自分でやらないなら、私が脱がしちゃうよ?」

「そっ、それは無理! 恥ずかしくて死んじゃうから!」

「じゃあ早く。私だって恥ずかしいんだから、ね?」


 顔を赤くした乃亜さんの勢いにされ、「うう……」やむなく私も制服のボタンをはずしはじめる。うう、がけのはしっこにどんどん追いやられていくみたいだ。


 ふたりっきりの放課後の教室で、お互い上の制服を脱ぎかけている。なんだろう、ものすごくえっちな気がする。いや気がするじゃなくて、どう考えてもえっち。


「じゃあ……せーので見せ合いっこしよっか」

「え、え」

「それじゃあいくよ」


 待った待った! まだ心の準備が。ていうか着けてきてないのバレちゃう!


「ちょ、ちょっと待って。いったんストッp」

「ダメ。こういうのは思い切らないと」

「あ、や、だから」

「いくよ……?」


 ヤバいっ! だれでもいいから助けてーっ!


「せーの……っ!」


 ――ブーッ! ブーッ!


 と、制服をめくる直前でぴたり、と乃亜さんの動きが止まる。突如とつじょ聞こえてきたスマホの振動音によって。

 私のじゃない。ってことは、


「ごめんちーちゃん、ちょっとだけ待ってて」


 手を合わせてすぐさまくるりと背中を向ける。かと思えばポケットからスマホを取り出して話しはじめた。


「――なに? 今手が離せないんだけど――――え? 今から? そんないきなり――」


 なにやら慌てた様子。いったい誰だろう。友だちか、ご両親とかかな。


「どうしても? マイナスエネルギー? ええ――――」


 ん?

 今気になるワードが聞こえたような。


「戦いになりそう――――それなら行かなくても――――うん、わかったわ」


 マイナスエネルギー、戦い……もしかして。

 エリーさん……?


 話し相手として思い浮かぶのは、魔法少女の使い魔たる白い猫。

 ってことは、また怪人が現れたってこと?

 でもそれなら、私のところにもベルから連絡がくるはずだ。この前映画を見に行ったときみたいに。

 疑問に首をかしげていると、電話を終えた乃亜さんがこっちを向く。そして、


「ごめんっ」

「え?」

「ちょっと急用ができて、今すぐ帰らなくちゃいけなくなったの」

「あ、うん。私はべつに」

「私から言っておいて、ほんとごめんね? この埋め合わせは絶対するから」


 言いながら制服を着なおして、身支度を整えていく。


「それじゃあ、また明日ね」

「うん、また明日……」


 私があいさつし終わるよりも早く、教室から去っていった。すると夕焼けに染まった教室は、一気に静けさを取り戻す。さっきまでのことがなかったみたいに。


「……た、たすかった……?」


 ぺたり、と脱力した私は思わずその場に座りこむことしかできなかった。

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