第85話 勝負と視察の結果

「ごめんなさいっ!」


 アジトに戻って開口かいこう一番、私はみんなの前で頭を下げた。


「私のせいで負けちゃって……ごめんなさい」


 目線を床に向けたまま、もう一度謝る。


 ついさっきまでり広げられていたホワイトリリーとの戦いは、私たちの敗北で終わった。


 私が、ホワイトリリーの拘束こうそくを解いてしまったから。

 それだけならまだしも、怪人のジャマもしてしまった。あの男の人に襲いかかろうとしていた寸前、変身用のムチを使って。


 そこから先は言わずもがな。百戦ひゃくせん錬磨れんまのホワイトリリーがそんなスキを見逃すはずもない。ホワイトスターを放ち、怪人にクリーンヒット。お決まりの「ちゅどーん」という音を立てて戦いは幕を閉じた。


千秋ちあき殿のせいではないぞ。気にすることはないのじゃ」

「そうですよ!」

「次がんばりましょ、次」


 ハカセや橋本はしもとさんたちが励ましてくれるけど、逆に胸が痛む。だって誰が見ても私が作戦を台無しにしちゃったのは明らかだし。


 その証拠に、少し離れた机の上で、黒猫はむすっとした表情で腕を組んでいる。ものすごくなにか言いたげに、こっちにじぃぃっと視線を送って、


「……」


 なにも言わなかった。


 あれ……?

 てっきり「あんさんが勝手なことせんかったら勝てたのに、なんてことしたんや!」って怒鳴どなられると思ってたのに。

 まあでも今回に限っては私が悪いことに変わりはない。怒られるかもだけど、ちゃんと話をして謝ろう。


「ベルさ――」


 と、部屋の中が急に暗くなった。


「えっ?」


 さっきまでいていた電灯も、窓から入ってきていた明るさも、光という光はぜんぶ消え去っている。

 直後、壁に浮かび上がってきたのは、紫色の怪しげな光。それは徐々に大きくなって、やがて円へと変わる。


 見覚えのある光景。間違いない。

 ボスとの通信だ。


『そろっているな』


 円の中にいる黒いシルエットから、こもった声。気がつけば全員その前に整列しているので、急いではしっこに並ぶ。


「おっ、おつかれさまです! ボス」


 ベルが一歩前に出て答える、けど緊張で声が裏返っている。

 そうなっちゃうのは仕方がない。だって今日の通信の目的はわかりきっているから。


『……戦い、見せてもらった』


 ボスが言う。その意味は、抜き打ち視察がすでに実行されているということ。

 どこからどうやって見ていたのかはわからない。だけどひとつだけ言えるのは、さっきの私たちの負けは、どうあがいても誤魔化せないってこと。


 ……私のせいって、バレてるよね。


 いつもは他人事だと思ってるけど、今日ばっかりはそうはいかない。

 やっぱり怒られるのかな。ベルはおしおきされるって怖がってたけど、今回のは私に原因があるし……。


 ごくり、と息をのむ。伝染したみたいに、隣のハカセものどが鳴った。


 無言の時間が続く。きっと数秒程度のはずなのに、何時間も沈黙ちんもくしているみたいに思えた。

 そして――


『……引き続き、励むように』


 聞こえてきたのは、そんな言葉だけだった。

 え、それだけ?


『これからも期待しているぞ……』


 そう言うと、黒のシルエットを映している紫色の円が消える。ほどなくして、部屋の中が光を取り戻した。


「はあ~、よかった~」

「とりあえず今日のところはセーフっすね!」


 その場で脱力するみんな。私も思わず「ほう」と息をはいた。

 よかった、おしおきとかはなしみたいで。


「……」


 ななめ前に見えるベルの横顔も、同じように安堵あんどしている。けど、それがみんなとはどこか違う色を持っているような。私には、そんな風に見えた。

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